食器が割れたり、ヒビが入ってしまったら、どうするだろうか。モノに溢れている現代、何の迷いもなく捨ててしまうかもしれない。だが、それがお気に入りだったり、人からの贈り物や、思い出が詰まったものなら? そんな”唯一無二”を修繕するだけでなく、新しい魅力を吹き込むことができる日本古来の修復技法が「金継ぎ」だ。今回は、金継ぎを自宅で気軽にできる金継ぎキット「つぐキット」を紹介する。
傷をあえて目立たせることで、芸術へと昇華
金継ぎとは、日本の伝統的な器の修復技法で、割れたり欠けたり、ヒビが入ってしまったりした器を漆(うるし)を使って接着し、金粉や銀粉などで割れ目を装飾して再び永く使えるようにするもの。15世紀の室町時代に生まれたものとされており、当時は殿様が所有する中国から輸入された貴重な陶器を修繕するための最上級の技術だったのだとか。
「つぐキット」の生みの親であり、恵比寿と浅草(浅草は2022年4月から)で金継ぎ教室や、修繕サービス、金継ぎした器のレンタルなどを行なっている「つぐつぐ」代表の俣野由季さんは、「金継ぎは、ここ2年ほどで一気に注目されるようになりました」と話す。
おうち時間が増えてから、モノ消費からコト消費にシフトしてきていると言われている。金継ぎも、そんな中でニーズが高まっているようだ。
そもそも、日本は古来より多くのものをリペアして暮らしてきた。多くの人が大量生産・大量消費の暮らしを見直した結果、古き良き文化に原点回帰しているように思う。
「割れや欠け、ヒビは、ともするとマイナス要素に思えます。ですが、金継ぎはそれらを”新たな美”としてありのままを受け入れるということなんです。日本独自の精神であり、文化。あえて目立たせることで、唯一無二の芸術品にさえなるんですよ」
欠損が、逆に新しい価値になる。そう、四肢がないことが美を感じさせる、かの『ミロのヴィーナス』のように。「壊れた=使えないから捨てる」と固定概念にとらわれることが、なんともったいないことだろう。
金継ぎは、思い出や想いを継ぐということ
金継ぎは今、どんな風に楽しまれているのだろうか。
「みなさん、金継ぎをするのは、決して高いものばかりじゃないんですよ。以前は江戸時代や明治時代の古伊万里といった高価なものに施すものという印象が強かったように思いますが、今は元値が高くなくてもご両親の形見だったり、パートナーの方が大切にしていたもの、長年愛用していて愛着を持っているものといった、思い出が詰まっていて、もう手に入らないものなどを金継ぎしたい、という人が多いですね」
つぐつぐに金継ぎにやってくる人の食器一つ一つに、ストーリーがある。
「これは友人がフランスで購入したノーブランドの陶器なのですが、息子さんが割ってしまって。大泣きしてしまった息子さんに、きちんと直るのだと見せたかったのだそうです。
ものを大切にする心を子どもに教えたいと、親子でいらっしゃった方も。割れたのは息子さんがつくった陶器だったのですが、息子さんに『ちゃんと直るからね』と言いながら一緒に金継ぎされていました」
俣野さん自身が初めて金継ぎしたのも、旅の思い出が詰まった1皿。「ドイツ留学時代にポーランド旅行で購入したボレスワヴィエツの食器です。帰国時にあまり現地のものを持ち帰らなかっただけに、大事な当時の思い出の品。高いものではなかったけれど、代えがきかないから、どうしても直したかったんです」と話す。
金継ぎの材料は決して安価ではなく、時には食器の元値よりも高額な場合も。さらには、完成までには数ヶ月を要し、手間暇もかかる。だが、思い入れのあるものを長く大事に使いたいという気持ちを形にしてくれる金継ぎには、お金には代えられない価値がある。出来上がりの見た目の美しさだけではない。金継ぎをするということは、思い出や想いを継いでいくということなのだ。最近は、接着に漆の代わりに合成接着剤を使用した1日ほどでできる「簡易金継ぎ」もある。しかし、日本伝統の金継ぎでは、醍醐味をより深く感じることができるだろう。
漆、木、土など自然の材料を使って修繕する
そもそも、今回筆者が金継ぎをしたいと思ったのも、大切にしていた皿を割ってしまったからだった。高級ではないものの、一目惚れで買った作家もので思い入れがあった上、少し深さがあって汎用性が高いところや、シンプルだけれど土の風合いを感じられるところが気に入っていたのだ。同じものを買い直すことも考えたが、愛着があるものだからこそ、自分の手で直したいと思った。
この「つぐキット」は漆や木の粉など自然の材料を使って伝統的な技法で行う本格派だ。伝統技法と聞くと難しそうに思えるが、金継ぎのために必要最低限の道具がそろっており、YouTubeで工程を丁寧に解説されているので初心者でも手軽にチャレンジできるという。
直す皿は、3つに割れてしまっているうえ、浅いヒビが入ってしまっている。今回必要なのは、割れているパーツの接着と、欠けている部分を埋めること、ヒビの修理だ。
まず、割れた断面を接着する。生漆と小麦粉、水を練ったものでパーツをあわせていく。器の形に接着しただけだが、形がもとに戻ったことにうれしくなる。
1週間後、漆が乾いたらはみ出た漆をカッターで削ったり、サンドペーパーで研いだりして綺麗にする。繋いだ部分が味わい深く感じられ、金粉を蒔かずとも、すでに美しい。
表面を滑らかにし、下地を塗っていよいよ金粉を蒔く工程に入っていく。
恥ずかしながら線は太いし、表面も滑らかにしきれず、きれいにできたとは言い難い。だが、大きな充実感と達成感を感じている。きれいではないかもしれない。だが、自分の手で金継ぎをしたためか、この不恰好さも愛嬌に思えてくるし、”味”にも感じられてくる。これも、無心になって向き合った1週間以上という時間が、1枚の皿への愛着と愛情を深めてくれたからだと思う。
海外でも評価される”KINTSUGI”
ところで筆者は金継ぎをしている間、”禅”を彷彿とさせる感覚があった。精神を集中して、無心になって皿の欠片をつなぎ、金粉を蒔いていると、心が落ち着いていく。
海外では、金継ぎは”KINTSUGI”と呼ばれ脚光を浴びているが、日本の”侘び寂び”の文化の芸術としてだけでなく、精神面への効果も注目されているのだという。
「金継ぎによる精神面への効果は二つあると考えられています。一つは『自己効力感』。『自分の手で一から最後まで器を直すことができた』と、自分の力を信じることができるようになることにつながります。もう一つは『癒し』。日常を忘れて黙々とものを直すことで、疲れ、傷ついた自分の心を癒すことにつながっているようです」
金継ぎを日本の日常に
MUJI新宿ではつぐつぐ提携の金継ぎ受付カウンターがあり、割れてしまった器を持ち込んで金継ぎを依頼できる(欠け1箇所3300円~ 、割れ2分割5500円~)。今は金継ぎ”ブーム”という形だが、こういう街中で気軽に金継ぎを依頼できる環境があったり、一家に一つ金継ぎの道具がそろっていたりと、いつか日本の日常の当たり前になる日がくるかもしれない。
そのためには、まずは器を割ってしまった時、捨てるのではなく、金継ぎのことを思い出してほしい。1つの器の金継ぎを通じて、心のありようやモノの価値を見直すことができるはずだ。
つぐキット金
CURATION BY
ライフスタイル系の編集者/ライター。新しいライフスタイルを求める日々を送っている。建築、文具、旅、街おこし、リノベーション情報が大好物。最近気になっているものは、タイニーハウスとバンライフ。