湧き上がって、追い風になる
最初、彼女の「Power」を見た時は少し意外に感じた。何もない青と白の空間にふんわりと浮かぶ人物の絵は、日常生活をテーマにしていることが多い彼女からすると少し珍しいのかもしれない。テーマを聞いて思いついたものは「見えないもの」だったと言う。
「見えないものを何かに例えて描くのは正直難しいなと思ったので、本当に感覚で感じるままに描きました。なので、いつも描いている生活の一部のシーンのように具体的ではなくて、今回の作品は抽象的な絵になっていると思います」
真ん中に浮かんでいる人物は絵を見る人が自分を投影するための人で、何をするでもなく、ただパワーを感じている。日常生活のような何かをしている場面にパワーというテーマを当てはめられないと思ったため、出来るだけ削ってシンプルな構図にしたそう。
「パワーというものに説明を付けられないと思ったので、見た人が湧き上がるようなものを感じ取れる絵がいいなと思いました。パワーには“受け取るもの”って印象があると思いますが、個人的には自分の中から“湧いてくるもの”で、それが追い風のように、ふわっとやってくる感覚が私自身にあるんです」
「それは勢いのあるものではなくて、自分の中に徐々に静かに生まれて、後ろから溢れる力みたいなものなのかなと思ってこの仕上がりになりました」
昔から青が好きで、絵を描き始めた中学生の頃から青系で配色を統一している。海が好きという理由も青が好きなことに関係しているそう。彼女が思う「パワーは静かで自然と湧き出てくるもの」という印象も青と違和感なく調和している。
人にそれぞれのイメージの色を当てはめるとすると、青は知的でクールなイメージを思い浮かべる。彼女が話しているその姿や話し方は落ち着いていて、彼女自身にも青はよく似合っていると思う。そして話の合間によく見せてくれる笑顔からは、静かな彼女のあたたかい人柄を感じた。
当たり前な一瞬こそ残したい
「水と光と風が好きなんです。水面に反射した光を見た時や、風に吹かれて気持ちいいって思った時、電車に乗っている時や歩いている時に空を見ると絵を描きたくなりますね。陽が一番てっぺんに昇ると影が濃くなったり、陽が沈んで夕方になったりすると、情景って陽の高さで変わりますよね。その光の強さで時間を感じるし、時間の中に人の暮らしがある。光や空を通じてそういうことを感じると、今この瞬間を残したいなって思います」
「ツキがきた」はそのどれもが詰まっている絵だと思う。水面に映る月と川に反射するビルの光、風が吹いてさざ波を立てているような雰囲気もあるし、ヒールの靴を履いて足が疲れている様子からも、一日の終わりという時間の経過を感じることができる。そして、この景色は彼女の地元・両国をモデルに描いたそう。
「会社を辞めたら、夕方にスーパーに行けるようになったんです。そうすると、街中に子どもも子連れのお母さんも沢山居ることに気付きました。自分が生きている中で交わらなかった人達と時間が交差するようになったことで『なんにしよっかな』は描けました。営業職の頃には描けなかった絵です」
ドラマよりリアルを求める
7月にギャラリー・ルモンドで開催された個展「今日ね、」では家族や子どもの絵が多く展示された。(「なんにしよっかな」も同個展作品)
「家族に対して良いイメージを持たない人や不仲な人も居るので、ドラマチックに演出されたような内容には描かないようにしています。『感動する場面です』とか『ハッピーな場面です』みたいに演出をしてしまうと、見る人が感じ取る幅が狭められて、人によっては受け取りたくなくなると思うので、淡白に描きつつも、その状況自体はリアルにすることを意識していますね。それは家族に限らず、日常の絵全般で気をつけていることです」
作品「おかえりー」は、子どもの頃に何でも遊び道具にして遊んでいたことを思い出して描いた絵。彼女自身、過去を懐かしく思いながら作品を描き進めてきたが、見る人も同じように感じるのかどうか全く未知だったそうだ。
「それぞれの絵に私の意図はありますけど、それをそのまま見る人に受け取って欲しいとは全く思っていないんです。それに家庭環境は様々で、そういう思い出がない人ももちろん居ますし。それでも個展に来てくれた人から『懐かしい』、『見覚えがある風景』や『自分を描いてもらったみたい』などの声が多かったのは嬉しかったです」
制作者としての責任と芯
「私も色々と調べましたし、自分に何が出来るかなど考えていましたが、でも『もうやってられんわ』っていう時の絵です(笑)向き合っても相手が大きすぎて、それでも向き合って暮らしていかないといけない事を考えて『あーあ。』ってなっている感じです」
「自分の手で何かを創って、世に発信する制作者としての責任があると思うんです。発言に責任が伴うのと同じで、絵を描いたら受け取る人が居て、その人がどう感じるかまで考える。もし万が一、良くないことが起こったとしても、自分で責任が負えるように考えてものを創ることに気を付けています。それは悪いことに対する対策だけという訳ではなくて、より良くなるように、自分が作り出したものの中身の芯はちゃんと通しておかないといけないなと思います」
強い思考力から繰り出される、作品に対しての情熱と見る人への思いやりがよく伝わってくる「考えること」についての話。どの作品にも、その思いは張り巡らされている。「私の絵を描くのは私しかいない」という強い気持ちを持っている彼女が、これからどんな考えられた作品を見せてくれるのか。今後もその制作活動から目が離せない。
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