Vol.578

FOOD

30 AUG 2024

蜂蜜から生まれる酒造りのニュースタイル。クラフトミード醸造所「ANTELOPE」

ミードとは、世界で一番古いお酒と言われている、蜂蜜を原料とした醸造酒。ヨーロッパなど世界各地で古くから親しまれていた歴史があるが、近年日本でも養蜂店や酒蔵などが作るようになり、徐々に注目を集めているお酒だ。今回紹介するのは、日本のミード造りの最先端を行くといってもいい醸造所。食材や人など、さまざまな出合いをきっかけに、枠にとらわれないスタイルで自由なミードを作り上げている。飲む側も蜂蜜のお酒であるという先入観を取り払って。新しい飲み物として楽しめる古くて新しいお酒「クラフトミード」を体験してみた。

人類が初めて出会った酒、ミードとは?そしてクラフトミードとは?

蜂蜜から作られる醸造酒、ミード。ワインはブドウ、ビールはモルトの糖分を基にアルコール発酵させて作る醸造酒だが、ミードは蜂蜜の糖分を元に醸造する酒だ。ミードは人類最古の酒とも呼ばれていて、ハチの巣に水が溜ったことで偶然生まれたのがそのルーツと言われている。

蜂蜜はどこにでもあるので、世界各地にその土地の歴史と共に育まれたミードがあった
特にヨーロッパは昔から養蜂が盛んで、中世は修道院などで盛んに作られたという。ポーランドやリトアニアなど東欧はミードが古くから飲まれていた歴史があり、民話や伝説にもミードがよく登場するとか。アフリカでもエチオピアには、木の枝を入れ発酵を促して作るテッジ(タッジ)という伝統的なミードがある。かつては貴族だけが飲めるものだったが、今ではバーやレストランなどで提供され、各家庭で自家製することもあるとか。蜂蜜の成分はほぼ糖分なので、比較的シンプルな醸造方法で作ることができる蜂蜜酒=ミード。さまざまな土地で作られ、親しまれてきた。

ハニーワインとも呼ばれるmead(ミード)はドイツ語ではmet。ドイツではバイキングが愛したお酒としても知られる
蜂蜜から作られるというと甘いというイメージがあるかも知れないが、ミードは甘いものだけではなく、しっかりと糖分をアルコール発酵させることでドライな味わいのものを作ることができる。先に紹介したエチオピアのテッジもドライなものから甘いものまで味わいは幅広い。さらに蜂蜜は貴重なものだったので、ハーブや果実を加えて発酵のための酵母や糖分を補い、そのフレーバーと共に楽しむミードも生まれた。各地の風土に合わせて工夫された多彩な味わいがあるのもミードの特徴だ。

フルーツやハーブを使ったミードのレシピは各地で受け継がれてきた
そんなミードが、20世紀になると醸造技術の発展と共に新たな進化を遂げる。リトアニアのミード醸造所「リエトヴィシュカス・ミドゥス」は、伝統的なミードを復活させ、さまざまなフレーバーミードを生み出した。英国王室御用達にもなるなど、ヨーロッパで人気を集めるミードに。

さらにミードが自由に作られているのが、アメリカ。1980年代以降、クラフトビールのムーブメントや、アルコール製造の規制緩和などもあり、クラフトミードと呼ばれる新しいスタイルのミードが広がっていった。多彩な酵母を使い、スパイスやハーブ、コーヒーやお茶、フルーツなど、さまざまなフレーバーを加え、温度管理や発酵コントロールにより、自由に味わいを作り出す、クラフトミード。アメリカではクラフトミードのコンテストなども開催され、ドライな味わいから、甘く濃厚なもの、熟成による複雑な味わいを持つものまで、多彩な味わいで魅了する飲み物として人気を集めている。クラフトビールとも共通するところが多く、麦芽を使ったり炭酸を添加したりと、クラシックなミードよりも軽くて爽やかなものもあり、より自由度が高いのが特徴といえるだろう。

日本初のクラフトミード醸造所を訪ねる

滋賀県野洲市にある古いパン工場をリノベーションした醸造所
そんな多彩な味わいがあるアメリカのクラフトミードに影響を受け、日本でクラフトミードを作ろうと醸造所を立ち上げた人たちがいる。日本初のクラフトミーダリー(ミード醸造所)である「ANTELOPE」は、滋賀県野洲市の郊外にある醸造所。のどかな町の風景が広がる場所にあり、入るとすぐに醸造タンクが並んでいて、驚くほどオープンな雰囲気だった。

いくつものタンクと温度管理メーターなどが並ぶ醸造所内
案内してくれたのは醸造を担当する谷澤さん。もともと京都大学農学部でビール醸造について研究し、その後は国内のビール醸造所でビール造りを学んでいた人物だ。たまたま飲んだアメリカのクラフトミードの味に衝撃を受け、ミード造りへとシフトチェンジしたのだという。仲間と共に試行錯誤しながらミード造りをする醸造家だ。

テイスティングをして、仕上がりをチェックする谷澤さん
ミードの魅力について谷澤さんは「ミードは日本では甘いお酒というイメージがあるかもしれませんが、さまざまな味わいがある面白い飲み物であることを知ってほしい。ビールは麦芽の糖分をほとんど発酵させてしまいますが、ミードは発酵を止めて甘さを残したり、しっかり発酵させてドライな味わいにしたり。ビールよりもさらに自由で作り手の思いをダイレクトに伝えられる、とても可能性があるお酒だと考えています」という。クラフトビール造りの経験も活かしながら、ミード=甘いという既成概念を崩し、自由で新しい飲み物として発信している。

製法も材料もそれぞれ異なるクラフトミードが並ぶ
ミードに使う基本の素材は蜂蜜と水、酵母だが、それ以外の副材料となる素材、例えば旬のフルーツやハーブなどは産地に直接出向き、人や食材との出合いがきっかけで創作するという。素材の組み合わせ方や熟成など既存の枠にとらわれない製法を取り入れた、今ここでしか作ることのできないモダンなミード。「ANTELOPE」のミードはそんな表現ができる。

醸造所で特別にテイスティングさせてもらったのは「What Churchill Said」。炭酸入りで、ジントニックをイメージし、ジュニパーベリーやライムのボタニカルを入れて仕込んだもの。華やかな香りと甘味が心地よく、夏にぴったりな味わいだ。目指す味わいのために、どんな酵母を選び、どれだけ発酵させ、いつボタニカルを投入させ、フィニッシュさせるのか。醸造家が目指す味わいのために、ひとつひとつを組み立てていく。そのタイミングや組み合わせの違いで、同じ素材を使っていても味わいがまったく異なるものができあがるという。

ウィスキーやワインなど、さまざまな木樽で熟成させる
さらに工場内には樽がずらりと並んでいて、製造したミードをここの樽に入れて半年以上熟成させてから瓶詰めするものもあるという。ウイスキーやワインの古樽を使うことにより、ステンレスタンクでは生み出せない、香りや風味をここで生み出すことができ、ワインやウィスキーのように樽熟成による風味や余韻を楽しむ1本ができあがるのだ。

「ANTELOPE」のクラフトミードを体験

さまざまな素材との出会い、製法・熟成方法を経て生み出される「ANTELOPE」のクラフトミード。そのなかでも「ANTELOPE」で定番商品としてリリースされている3つのミードを飲んでみた。この3つを飲んだだけでも、ミードがほんとうに変幻自在の飲み物であることが知れる。

「This is it」

マリネしたイチジクとモッツァレラのサラダと「This is it」を合わせて。ミャンマー産蜂蜜由来の苦味でビールのようなキリリとした後味も
こちらは蜂蜜と酵母、水のみで作り上げた、「ANTELOPE」のフラッグシップ的1本。炭酸を入れてあり、蜂蜜の甘味とともに爽やかに飲める。軽やかな酸味と甘みのバランスがよく、いろいろな食事とも合わせたくなる味だ。パンやチーズはもちろん、中華料理など酸味の効いた料理にも合わせやすいという谷澤さん。酢豚や餃子などは、ソースやタレに酸味もあるものを使うので、とても合うと思った。

「DEEPSEEK -Honey- 」

バーボン樽で熟成中の「DEEPSEEK -Honey-」
こちらのミードは実は「This is it」と材料はまったく同じだが、蜂蜜の量を増やしバーボン樽で半年以上熟成。開けてみると、かぐわしい樽香と蜂蜜のこっくりしたニュアンスの相性にうんうんと頷きながらグラスを傾けることができた。しっかりとボディがあり甘口のシェリー酒のようにも感じるほど。食後にゆったり飲みたくなる。チーズ好きとしては、程よい酸味とキリっとした塩気があるイギリスのブルーチーズ「スティルトン」と合わせてみたい…と妄想が膨らむ。ヘーゼルナッツやアーモンドなどのナッツ系のボンボンショコラは、もちろん完璧な組み合わせになるだろう。

「KINOSHITA」

「KINOSHITA」で楽しめるタコスは生地やタコスミート、サルサソースなどすべて自家製。ライムを搾ってミードを傾ければ完璧な組み合わせに
名古屋市にあるダイニングバー「KINOSHITA」のために作ったという商品がこちら。もともと谷澤さんとは友人であり、ミード製造の手伝いをしたこともあるという店主の木下さん。メキシコ料理・タコスに合うミードを作ってほしいとオーダーして、生まれたのがグレープフルーツを使ったミードだった。もともと筆者が「ANTELOPE」のミードを知ったのも「KINOSHITA」で見かけたこのミードがきっかけ。飲んでみると酸味と苦味が心地よく、しかし最後に残るのはホットな唐辛子のニュアンス。ドライな味わいで、料理と一緒に傾けることができ、食欲をかき立ててもくれる。コラボして作った商品ではあったが、「ANTELOPE」でも販売する定番のミードとなった。

「ANTELOPE」の商品のアートワークも手掛ける木下さん。また新たなミードをオーダーしようと計画しているとか

KINOSHITA

このミードのアイデアは、テキーラとグレープフルーツジュースを使ったメキシコ発のカクテル「パローマ」。谷澤さんはバーで働いていた経験もあり、兄もバーテンダーをしているのだそう。先に紹介したジントニックをイメージしたミード「What Churchill Said」など、カクテルの発想は、蜂蜜、酵母、ボタニカルなどさまざまな素材選びをどう組み合わせていくか…というミード造りの発想と重なるのかもしれない。ほかにも面白いと思ったのは、人参とスパイスのミード。フレンチ総菜・キャロットラペを思わせる組み合わせだ。蜂蜜は料理、スイーツ、カクテルなど、さまざまなものに使われる食材。発酵に向かない食材はもちろんあるが、合う食材は無限大にある。

「ANTELOPE」のさまざまなミードからは、谷澤さんが研究者肌であるのはもちろん、お酒好きであることが伝わってくる
「泡盛の甕でミードを熟成させてみたらすごい味になったので、ワイン樽以外にもさまざまな樽で熟成させてみたい」という谷澤さん。ウィスキーのように樽熟成することによる変化はミードにおいても素晴らしい余韻をもたらしてくれる。その組み合わせ方次第では驚きの味わいが生まれるかもしれない。

さらに「ワインの醸造家と話をしてみたいです。ワインは醸造家の哲学が貫かれ、それがお酒の味となっていると思うので」とも。自由に味わいを作り上げることができるクラフトミードだからこそ、哲学、酒造りへの思いがとても大切になってくる。さまざまなものから吸収し、自分のスタイルを見つけたいという谷澤さんの思いに触れた気がした。

醸造所内で生産者を招いたイベントも開催。ミードを飲むことができるバーコーナーもできる予定だとか
「ANTELOPE」のミードを飲めば飲むほど、その味わいの多様さに驚かされるばかり。季節フルーツなど、新作を次々とリリースしていて、それぞれでまったく新しいミードを体験できる。「ANTELOPE」のサイトでは、そんな多様な味わいを持つ商品の中から好みを味を見つけやすいようにと、味わいが一目でわかるチャートものっているので、ぜひ参考に選んでみてほしい。とにかく美味しいものを作りたい、その可能性を拡げたいという谷澤さんたちの思いが込められたミード。開栓する前からわくわくさせてくれ、飲むたびにきっと驚きを与えてくれるはずだ。

ANTELOPE