イタリア料理に使われ、オリーブオイルと共にイタリアでは欠かせない調味料、バルサミコ酢。実は同じバルサミコ酢という名前の製品でも、まったく製法が異なるものもあり、さまざまな種類があるとか。そこでなんとなくしか知らなかったバルサミコ酢について、基本的なことを理解し、いろいろな商品を試してみることに。そして普段の食事にデザートにといろいろ使ってみたら、かけるだけで料理がヘルシーにそしてランクアップできてしまうことを発見。これにも合うのでは…と、いろいろなものに使ってみたくなり、どんどんと使い方が広がっていった。ぜひ今回紹介する使い方を参考に、奥深い色と味わいを持つ一滴を楽しんでみてほしい。
バルサミコ酢とは? その歴史、製法を知る
バルサミコ酢の名産地は、イタリアの中でも中部エミリア=ロマーニャ州のモデナからレッジョ・エミリアに至る地域。モデナは高級車で知られるフェラーリやマセラティの本拠地であり、さらにパルミジャーノ・レッジャーノという熟成チーズの産地としても知られる。
バルサミコ酢はイタリアで紀元前から作られていたというモストコットと呼ばれるブドウ果汁を煮詰めて濃縮させた液体がそのルーツ。これは甘味料や薬として利用されていた。そしてこのモストコットを木樽で長期間熟成させることで酢酸発酵することが発見され、モデナを中心とする一部地域で生産技術が広まっていったのがバルサミコ酢だ。
もともとこの地方ではランブルスコというブドウ品種で作られる低アルコールの微発泡ワインの生産が盛んで、今もこの地の名産。しかし、かつてワインはアルコール度が高いものが人気であったので、ランブルスコ種はワインに加工されずに濃縮液やヴィネガーなど、ワイン以外の加工品が多く生産されていた。
バルサミコ酢はそんな土地でブドウ果汁を加工するなかで偶然に生まれたものなのかもしれないが、正確にバルサミコ酢がいつから作られていたかは謎。1747年のモデナ・旧エステ公爵領の醸造室の棚卸記録の中にバルサミコという名前が出ており、これが文献としては最古とされているが、11世紀にはすでに名声高い品として知られ、貴族や皇帝など高い身分の人への最上級の贈り物だったとも。当時は調味料ではなく滋養強壮の薬として飲まれていて、今でもモデナの人は具合が悪くなったときのために持ち歩いているという。
以来モデナなどこの地の名家ではバルサミコ酢づくりのレシピが代々受け継がれ、家の屋根裏に熟成庫があり、特に女性が樽の管理をしていたとか。その製法は、ブドウ果汁を煮詰めたモストコットと呼ばれる濃縮液を木樽に入れて熟成させるという、言ってみればとても単純なもの。しかし熟成庫の樽に液を入れ、1年ごとに木樽を移し替え、オークや栗、桜などさまざまな種類の木樽で熟成させることで、複雑な味わいを生み出していく。例えば同じぶどう果汁から作るお酢にワインビネガーがあるが、こちらは果汁をアルコール発酵させ(まずはワインを作る)、これに酢酸菌を入れて熟成させるという製法。同じ酢という名前だがまったく製法が異なるのだ。
近年になってこの伝統的な製法のものは「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナ」(以下トラディツィオナーレ)という名称で呼ぶように法律で決められ、一定の規定を満たしたものしか、その名を名乗れないことになった。「アチェート・バルサミコ」はアチェートが酢、バルサミコは芳香のある、芳香性のという意味。酸っぱいだけではない、芳醇な香りがすることにその特徴がある。
例えば熟成年数については12年以上または25年以上でなければならず、バルサミコ酢の生産者協会による官能テストに合格する必要がある。こうした規定を満たしたものはDOP(※1)と呼ばれるEUが認証する原産地呼称保護の対象にもなっていて、これにより品質とブランドが保たれるようになった。トラディツィオナーレかどうかの見分け方は、このDOPマークが記載され、底が四角になった球形の専用瓶に入っていること。この瓶はアルファロメオなどのイタリア車デザインを手掛けることでも有名な工業デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏によるもので、トラディツィオナーレとして認められたものしかこの瓶に入れることができない。
※1 DOP…(Denominazione d'Origine Protetta の略)イタリアの伝統的食材に対して、品質管理と生産者保護のために指定された地域と基準を満たすものを各食材の保護協会が認証し名称表示を許可する制度
バルサミコ酢の種類について
実際に店でバルサミコ酢を探すと、トラディツィオナーレはなかなか見かけることができない。では店頭にあるこのバルサミコ酢は何なのかというと「アチェート・バルサミコ・ディ・モデナ」と表示されている、モデナ地域で生産されたことを認証するIGPと呼ばれるマークがついたものがひとつ。
こちらの原材料は濃縮したブドウ果汁とワインビネガーのみのものが多く、熟成年数もいろいろで10年近く熟成したものもある。ほかにも熟成の若いバルサミコ酢とワインビネガーやカラメルを加えて味わいを調整したコンディメントバルサミコと呼ばれるものも。
さらに独自の製法で、認証などはされていないが熟成感があり、そのおいしさから人気を集めているものなど、さまざまなものがある。とにかくその違いを確かめようと、いくつかバルサミコ酢を購入して試してみることにした。
参考文献/「バルサミコ酢のすべて」(レオナルド・ジャコバッツィ/大隅裕子著 中央公論新社)、「月刊専門料理2002年10月号」(柴田書店)
バルサミコ酢の選び方使い方1 / 熟成度合いの違いについて
まずは12年以上の熟成が確実である伝統的な製法のバルサミコ酢であるトラディツィオナーレについて。たまたまお土産でもらったものがあったのだが、これは何も加えず、そのままで味わいを楽しむ使い方がベスト。スプーンですくって一匙口に含むだけで、とろりとした食感の中にさまざまな樽で熟成させたことによる複雑な味わいを感じ取ることができる。酸味は丸みを帯びているが、しかし後味に豊かな果実味があり、このバランスがバルサミコ酢としての完成度を高める決め手になるのではと感じた。フォカッチャにつけて食べればワインが進むし、コクのあるバニラアイスにかけるだけで極上のデザートになる。その香りと味わいを活かすため、食べる直前にかけることが重要だ。
しかしトラディツィオナーレは特別な時にはよいが、なかなか気軽に使いづらい。ということで、サラダや煮込み料理などに気軽に使いたいというときには、「アチェート・バルサミコ・ディ・モデナ」という表示のバルサミコ酢のなかでも、さらりとしたテクスチャーのものを。
こちらはワインヴィネガーと同じようにドレッシングの材料にするとさっぱりとした味わいとブドウ由来の風味が特徴的なサラダを作ることができる。オリーブオイルと塩コショウ、そして仕上げにバルサミコというシンプルなレシピがいい。野菜はルッコラやホウレンソウ、春菊などほろ苦さを持つ、味の濃い野菜を。オイルでローストしたゴボウやナスなど、土の風味やアクの強い野菜とも合うと感じた。
このさらりとしたバルサミコ酢は価格も手頃なので、鍋で加熱して甘味と粘度を引き出し、ソースとして料理に使ってみるのもいい。バルサミコ酢の糖分がカラメル化しとろみが生まれるので、この方法で濃厚なソースを作ることができる。煮詰めるときは黒い液体でわかりにくいので、こげないように注意を。滑らかさと濃厚さを加えたいなら仕上げにバターを溶かし入れてもいい。これを脂の多い肉料理に添えると味わいがぐっと締り、料理が重層的な味わいになる。
他にも探してみると、ワインヴィネガーとモストコットを熟成させてトラディツィオナーレのような味わいを再現したバルサミコ酢というものもある。トラディツィオナーレと味を比べてみたが、味のバランスはとてもよく似ていてとろりとしたテクスチャーのものも。こちらもブドウ由来の上品な酸味や風味を持つので加熱はせず、サラダならばイチジクや洋ナシ、カキなどコクのあるのフルーツを使ったものがいいだろう。
例えば焼きそばやお好み焼きを焼くとき、食べるときの仕上げのソースにバルサミコ酢を少し混ぜると、さっぱりヘルシーに楽しむことができた。日本のいわゆるお好み焼きソースやウスターソースとの相性が良いと感じたので、カツサンドにかけたり、メンチカツやハンバーグにソースをかける代りにかけても悪くない。熟成の長いバルサミコ酢だから美味しいというわけではなく、料理との相性を考え、すっきりとした酸味を活かしたいもの、芳醇な甘味をかけあわせたいものなど、自分の好みや料理に合わせてバルサミコ酢を使い分けるべきだと感じた。
バルサミコ酢の使い方選び方2 / 白ブドウタイプ
バルサミコ酢は黒いイメージがあるかもしれないが、ホワイトバルサミコ酢と呼ばれる白ブドウ品種の果汁を使い、熟成を短期間に仕上げるなど色を付けないで仕上げたバルサミコ酢もある。こちらはコンディメントバルサミコに分類され、すっきりさわやかで、和食でいう甘酢のような味わいなのでドレッシングのベースにしたり、魚のカルパッチョにオリーブオイルとともにかけたりと、いろいろな使い方ができる。色が薄いので料理の色合いの邪魔をせず、しかも気品あるフルーティな甘味と酸味をつけられるので米酢などの代りに酢の物を作ってみてもいいだろう。
今回手に入れたのは4年熟成させたというホワイトバルサミコ酢。スプレータイプのボトルに入れておくと刺身や焼き魚などに、手軽に使うことができ、つけすぎるということがない。魚や肉を焼く前にさっとスプレーしてから焼くと、焼き網に身が付きにくく、臭みも和らぎ、香りがよくなる。
バルサミコ酢の使い方選び方3 /とろみのあるクリームタイプ
さらに便利で手軽に楽しめそうなのが、バルサミコクリームと呼ばれている、コーンスターチなどでとろみを付けたバルサミコ酢。こちらは粘度があるので、皿の上で描くようにソースをあしらうことができるのが魅力だ。イチゴやイチジクなどフレーバーのついたタイプもあり、とろみがあるので食材とよく絡み、甘酸っぱい味わいが料理やお菓子を引き立てる。煮詰めたりする手間がかからないので、グリルした肉料理やフォアグラのソースとして添えるのもいい。チョコレートやチーズケーキなど濃厚な味わいのスイーツや、チーズと蜂蜜、フルーツをのせたピッツァに添えると、バルサミコクリームなしでは物足りなくなってしまうほどに。
料理に合わせて使い分ければ、万能でヘルシーな一皿に
発酵食品であるお酢を毎日とりたいが、すっぱすぎるものは苦手…という人には、ほどよい酸味とフルーティな甘みがあるバルサミコ酢は、受け入れやすいかもしれない。ポリフェノールといった栄養成分もたっぷりだ。特にクラシックなトラディツィオナーレはブドウ果汁のみで添加物は一切入っていない。そして、ひと口味わえば、その奥深く木樽の香ばしさを感じるような、なんともいえない芳香や味わいに魅了され、これらが中世イタリアから守り受け継がれ長年人々を魅了し、この地の誇りとなっていることに、至極納得するはずだ。
いろいろ使ってみると、醤油やソースなど日本人の好きな味との調和も為すことから、私たちの味覚にも合っていると感じたイタリア伝統の調味料、バルサミコ酢。その味わいは食欲をかき立て、健康効果も高いので、食欲がない…という夏のシーズンにぜひ活用してみて欲しい。そして高級な一滴から、便利で手軽なタイプまで、自分に合うバルサミコ酢を見つけて、その使いやすさを実感してみてほしい。
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。