新しい青草が育って、牛たちが生命力を増すシーズンになることから6月1日は「牛乳の日」、そして6月は「牛乳月間」なのだそう。身近な飲み物として親しまれている牛乳だが、みなさんはどんなことを気にして選んでいるだろうか。殺菌方法、産地など、さまざまあると思うが、今回紹介するのは、いつもの牛乳とは牛の品種が違うというもの。「ガンジー種(ガーンジィ・ガンジィと表記することもある)」と呼ばれるイギリス原産の牛から造られた牛乳で、その色や味わいからゴールデンミルクとも。さらに、この牛乳の美味しさに惚れ込み、ガンジー牛だけの牛乳を作り上げた牧場の取り組みも紹介。牛乳にかける真摯な思いに触れた時、牛乳の選び方、楽しみ方に変化が現れるかもしれない。
ホルスタインだけじゃない。英国原産「ガンジー牛」とは?
日本で乳牛として知られるのはホルスタイン牛。白黒模様の体格の大きな牛だ。なんと日本で飼育されている乳牛の約99%以上はホルスタイン種なのだそう。その歴史を見ると、明治時代以降、海外の酪農を取り入れた日本では、いろいろな品種の牛が導入されたという。産業として成り立たせる上で一番乳を出してくれるホルスタインが注目され、おとなしく飼いやすいこともあり定着していった。
牛としてはほかにもジャージー、ブラウンスイスなどが知られるが、今回紹介するのは、ガンジー種と呼ばれる品種の牛。ジャージー種と似た品種で、イギリス領ガーンジー島が原産。ホルスタインと比べると小柄だががっしりとした体格で、茶色に白い斑点があるボディ。乳量はホルスタインの半分だが、乳脂肪分タンパク質ともにホルスタインより多く、特に脂肪分が多く濃厚だ。英国では王室御用達のミルクとしても知られ、ヨーロッパではバターを製造するのに使われる牛として飼育されてきた。ジャージー、ブラウンスイスなどもチーズやバター用の品種として濃いミルクを出してくれるが、ガンジー牛はこれらと同等もしくは固形分はより濃厚なのだという。
ガンジー牛を育て、美味しさにこだわった牛乳を作る加勢牧場
そんな濃厚なミルクを出してくれるガンジー牛は、実は日本でも育てられている。約200頭と数は少ないが牧場などで飼育され、さらにその牛乳を販売している牧場が現在確認できるだけで日本に3か所あった。なかでも百貨店などでも販売し、東京にも販売店をオープンさせるなどそのブランド化に成功しているのが新潟にある「加勢牧場」だ。もともとホルスタインを育て酪農を営んでいた加勢さんが、ガンジー牛乳の美味しさを知り、1頭のガンジー牛を育てることからはじめたという。
今から20年以上前、全国の牛乳を飲み比べ、加勢さんが美味しいと思ったのが栃木県にある南ヶ丘牧場が育てていたガンジー牛の牛乳。この美味しさに感動し、ガンジー牛を手に入れようと奔走するが、飼育している牧場が日本に少なく、日本で手に入れるということが大変だったとか。やっと手に入れることができた1頭を「みちる」と名付け育て始めた。今ではガンジー牛は60頭ほどになったが、すべて「みちる」の子孫だ。
飼育例も少なく、乳量も少ないので酪農としてどのように成り立たせるか、さらに脂肪分が高いミルクは搾るのにもコツがいる…など、さまざまな問題があったが、美味しい牛乳のために、と追求してきた加勢さん。搾乳もバケットミルカーという専用の容器で一頭ずつ搾ったミルクを人の手で運ぶという。大きな牧場ではパイプラインと牛をつないでミルクを運ぶという設備が多いが、乳脂肪分が減ってしまう(美味しさにかかわる)からと、この作業を毎日自ら行なっているそうだ。
そんなガンジー牛乳の美味しさの秘密はその環境にもある。加勢牧場のある場所は新潟県の自然豊かな山間の土地。新潟名産の日本酒造りにも使われる清らかな水が湧き出ており、それを飲んで育っている牛たち。牛乳の成分の中心は水分なので、その味にも影響を与えているのは言うまでもない。冬は寒く、夏はしっかり暑いという厳しい環境だが、ガンジー牛はホルスタインよりも暑さに強く、丈夫。新潟の自然にもしっかりと適応してくれている。
ファーストクラスのスイーツにも。付加価値を高めた商品づくり
汗水たらし世話をした牛の、栄養価も高く濃厚なミルク。この付加価値を高め、特別なミルクとして手にとってもらえるよう、牛乳製造の質を高め商品化することにも力を注いだ加勢牧場。当初は1000mlの紙パックで販売していたが、飲み切りやすさや重さを考慮し500mlのボトルに。
殺菌方法も、通常日本で流通している牛乳は130℃で2秒という超高温殺菌が一般的だが、ガンジー牛乳は95℃3分という独自の殺菌方法を採用。本来の風味を活かしながらも百貨店などで販売することを考え、安全性を高めた方法だ。
ガンジー牛はもともとバター製造にも使われていた品種。バターやスイーツなど加工品にすればその美味しさがより際立つので、加勢牧場ではスイーツの開発にも力を入れている。直営店では牛乳のほか、シュークリームやロールケーキなどさまざまなスイーツが並び、季節限定の商品なども。濃厚な味わいのソフトクリームは新潟県内だけで年間10万本を以上を売上げる人気商品だ。
加勢牧場のスイーツは専属のパティシエが考案しており、なかでもその濃厚さと口どけで魅了するのが、極力シンプルなレシピに…とこだわって作り上げたチーズケーキ。低温で焼き上げるいわゆるニューヨークチーズケーキのようなレシピで、ミルクのリッチさを感じることができるふんわり、しっとりとした食感。乳酸菌などで生乳を固め、水切りしただけのフレッシュなチーズ、フロマージュ・ブランをたっぷり使った贅沢な一品となっている。個人的にはぜひこのフロマージュ・ブランも販売して欲しいところだ。
さらにガンジー牛乳は二つ星レストランやJALのファーストクラスのデザートに使われるなど、その濃厚な味わいやミルクの希少性により、特別なミルクとしてブランディングに成功。加勢牧場のこのような酪農スタイルは、過渡期を迎えている日本の酪農において注目されていくのではないかと思う。
そのままはもちろん、お菓子に料理に
ガンジー牛乳を冷たいまま、そのまま飲むと、飲み口はすっきりとしているが、バターのような風味が後味に残るほど。濃度も一般的に流通している牛乳よりも高く感じられる。さらに色は、ホルスタインと比べると黄身がかっているのが特長。ミルクの色は品種のほか、餌や水、季節なども影響すると考えられる。そして味わいも然り。夏は水分をたくさん摂るのでさらりとした飲み口に、冬は寒さにより脂肪を蓄えるのでより濃厚なミルクになるという。
そのまま飲むのが一番のおすすめだが、常温にして飲むと、甘味がじんわり感じられ、コーヒーにたっぷり入れてカフェオレにすると、包み込むような優しい味わいになった。料理やお菓子作りにいろいろ使うと通常の牛乳よりも、コクのある味に仕上がるだろう。
ビーフストロガノフやビーフシチューなど、牛肉の煮込み料理との相性はもちろん抜群。仕上げに入れるだけでも、たちまちまろやかでリッチな味わいになる。加勢牧場のお店でもスイーツと並んで販売されているのが、牛乳をたっぷり入れた味噌味のもつ煮込み。白味噌との相性がよいので、家で真似するなら味噌汁に少し入れるのがおすすめとのこと。コクのあるまろやかな味わいでほっとさせてくれる味になる。
牛や酪農家を知って飲む牛乳の、味わい深さ
なぜ日本ではホルスタイン牛の牛乳しか飲めないのだろう…牛乳の殺菌方法で何が変わるのだろう…といろいろな牛乳を探していた時に出会ったガンジー牛乳。ガンジー牛以外にも日本にはブラウンスイス、ジャージーなどの牛乳を販売する牧場があり、お取り寄せができるところも増えているようだ。牛乳は鮮度が命だが、今は流通の発達や殺菌方法の向上により、全国各地の牧場から選んで牛乳を飲むことも可能な時代なのだ。ぜひ牛乳と一括りにせず、いろいろ飲み比べてその味の違いを楽しんでみてはいかがだろうか。
ガンジー牛乳はお値段もするが一度飲んでみる価値あり。生き物から分け与えてもらった特別な飲みものであることを、このガンジー牛乳を飲むことであらためて実感して欲しい。
加勢牧場
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。