Vol.191

FOOD

15 DEC 2020

ソムリエが選んだ究極のみかんジュース。奥深き柑橘の世界へようこそ!

日本では今どこの地域でも一次産業の衰退、そして後継者不足が嘆かれている。しかしミカンの一大生産地として知られる愛媛県、その中でも愛媛みかん発祥の地吉田町がある宇和島市では、若き柑橘農家たちが団結し、柑橘ソムリエなる団体を立ち上げている。

5年前に結成し、徐々に認知され始めたソムリエ制度

日本国内だけで200種類以上もの品種を誇る柑橘世界、そこにもワインのようにソムリエ制度があったっていいのではないか!?まるで飲み会の席での雑談のような話だが、若き柑橘農家の彼らは立ち上げから5年の月日を経て今年ライセンス制度までつくり上げた。なんと第一回目の試験は募集開始からたった1日で枠が埋まるなど、確実にコアな盛り上がりを見せているのだ。商品開発にも余念がなく、様々な種類の生搾り100%ジュースをネット販売中心に展開。有名な伊予柑やポンカン、はるか、せとか、なつみなどラインナップでは日本一を誇る。

名称だけでは違いが分かりにくい柑橘の世界。だからこそその微妙な差異は奥が深い。
クラウドファンディングで資金を集め、先日「柑橘の教科書」なる世界初のガイドブックまで作成。その勢いはとどまるところを知らない。柑橘をただ食べるだけではなく、見て、学んで楽しみ尽くし、土地に根ざした文化にまで昇華させたい。そんな熱き想いを持った若き柑橘農家を訪ねるため、山々が色付き始める11月の四国を一路西へ車を走らせた。

限定500部一冊2,000円で販売されている世界初の柑橘の教科書。

愛媛の柑橘農家は代々続く小規模農家が主流。その若手たちが、地元のために立ち上がった。

ある日地元で出会った柑橘ソムリエと名乗る女の子

その前に柑橘ソムリエたちとの出会いのきっかけも話しておきたい。それを作ってくれたのは一人の女の子で、名前は広井亜香里さん。この子こそ「柑橘の教科書」をも執筆したソムリエのキーマンだった。昨今のローカルでは、特色を生かした様々なマルシェが盛ん。筆者が住む香川県や四国でも御多分に漏れず、至る所で産直イベントが開催されていた。そんな中、柑橘ソムリエという見慣れない看板を掲げ、見たことも無い種類のみかんジュースを売るブースに行列ができているのを目にした。

売り場には温州みかんや紅まどんな、ブラッドオレンジなど、あらゆる柑橘のジュースが並んでいる。お洒落なラベルには「シトラス・ソムリエ・アソシエーション」という見慣れない文字。

マークの星の形も、よく見るとミカンのヘタの形になっている。とことんこだわり抜いたラベル。
販売しているのは学生のような女の子だが、ミカンの入った袋を肩からぶら下げ、耳にはミカン形のピアスまでしているのだから確実に只者ではない。ソムリエと言うからにはお勧めを是非飲んでみたい。今年一番の自信作だという「せとか」のジュースを飲むと、今まで自分が飲んでいたみかんジュースとは全く違う華やかな味が身体を貫いた。

広井さん曰く「せとか」は柑橘界の大トロだと言う。さらに話しを聞くと、今は東京在住の学生だが、収穫の手伝いや新商品の開発販売など、柑橘ソムリエという団体の立ち上げメンバーとして活動しているとのこと。フットワークの軽い彼女の存在がなかったら、僕は一生奥深き柑橘の世界に気付くことはなかったかも知れない。

広井さんは繁忙期の冬時期には、現地に泊まり込んで収穫や選果を手伝っている。

愛媛県は柑橘生産量国内トップ!

四国の西の果てにある宇和島市は、松山市内から高速を飛ばして車で1時間半。筆者の住む高松からだと3時間半はかかり、東京に行くよりも時間がかかる。総延長1,700kmにも及ぶリアス式海岸の複雑な地形で、断崖絶壁が海際まで迫るので平地がほとんど無い。

その昔は陸路より海路が主な交通手段だったそう。自然と一体となった集落が点在する。
人々は斜面に石垣で段々畑を築き、昔から半農半漁の生活を送ってきた。1年を通して温暖で晴天が多く、栄養分を多く含んだ畑の水はけがいいことなど、恵まれた土地だったことから明治維新後に柑橘農家が増え、現在はみかんを含めた生産量が日本一で柑橘王国とも呼ばれている。海はエメラルドグリーンでどこまでも碧く澄み渡り、港では海の底まではっきりと見えるほど。特に素晴らしいのは夕陽で、真っ赤な太陽が遥か九州に沈んでゆく。

豊後水道はすぐ対岸に大分県を望むことができる。最果ての夕陽は美しく、見飽きることはない。
そして宇和島藩は東北を支配した伊達政宗の長男が治めた場所だった。そのため東北の文化が伝わり、祭りの時期には各地で東北由来の鹿踊りを見ることもできる。子供たちが扮する獣が太鼓を叩きながら、入江の集落を練り歩く姿は日本の原風景のよう。実際僕は柑橘ソムリエとの出会い以前から、このどこにも似ていない楽園のような土地に魅せられていて、数年前から撮影のため頻繁に通っていた。そんな美しき最果てで今回目にしたのは、家業を受け継いで大地と共に生きながら、それを次のシーンへと引き上げつつある若き農家の姿だった。

「耕して天に至る」の言葉通り、人が時間をかけて作り上げた棚田。

柑橘ソムリエ誕生!二宮さんの思い

柑橘ソムリエことNPO法人柑橘ソムリエ愛媛。その理事長を務める二宮新治さんの農園は、海と山に挟まれた宇和島市白浜にある。対岸には2016年に架橋され陸続きとなった九島が見えた。今年ちょうど40歳になる二宮さんが軽トラで迎えに来てくれた。

農家の三代目として家業を継いだ二宮さん。都会に出ても、この地が好きで忘れられなかったそう。
「さっそく行きますか?」と急斜面の最上部にある畑を目指し出発。過去には京都のアパレル会社などで働いていた二宮さんは、27歳の時に実家の柑橘農家を継ぐために帰郷してきたそう。笑いながら話してくれた。

「両親は自営業の大変さを知っているのでもう大反対。親の反対を押し切って跡を継いだ感じですよ」

元々好きなことしかできない性格で、生産から販売までを取り仕切れる自営業は性に合っていたそう。家業は出荷しかしていなかったが、自分の代でニノファームと命名しすぐに直販も始めた。売り上げも順調に伸び、生活の目処が立ったところで思ったのは、もっともっとこの仕事を楽しみたい、生まれ育った土地に恩返しをしたいという気持ちだったそう。

両親も現役で今も畑に立ち作業している。畑にはスプリンクラーが張り巡らされ、散水も随分楽になったと言う。
「金儲けとかじゃなくて、とにかく何か面白いことをやりたかった。そんな時に知人の助言もあって思いついたのがソムリエという制度でした」

そして2015年にNPO法人は立ち上げられた。東京在住の広井さんのようなメンバーや、二宮さんと同じような地元の農家、そして都会からのIターン組など、志を同じくする仲間が自然と集まってきた。

棚田がどこまでも黄色く色づく秋は、畑が一年で一番華やかになる季節。光を浴びて輝いていた。

なぜソムリエなのか?

ある日スーパーで二宮さんが目にした「糖度~以上」という言葉。このみかんは甘いですよということだが、甘い以外のことが書いていないとふと気が付いた。酸味、香り、苦味、食感、さらには瑞々しさなどみかんの美味しさはあらゆる要素の複合だ。糖度はそれほどでもなくても、収穫したばかりで甘さにたるみがなく、酸味に雑味がないクリアなものであれば5個くらいあっという間に食べてしまうこともある。

柑橘の味は甘味や酸味、食感や香りの総合だ。時には苦味さえも美味しさとなることも。
さらには甘さの中にも口に入れた瞬間ぱっと広がる瞬発系のものもあれば、食べた後に広がる後追い型のものもある。同じ糖度13度でも実際は全く違う味わいがあるもの。さらにはもぎたての糖度13度と収穫から1ヶ月の糖度13度は全く違う。そして皮をむく手触り、ヘタのフォルムなど知れば知るほど奥深い柑橘の世界。それらを数値化するなどして、分かりやすく皆に伝えたい。その思いがソムリエという制度につながっていった。

イベント出店の時に使用する、ジュースの商品説明用のPOP。それぞれの特徴を視覚的に伝えている。

通販ではソムリエが選んだオススメジュースをセットに!

柑橘は品種が多種多様で、さらに毎年のように変動する気候で収穫量も違うので、何も知らない素人がその年のベストなジュースを選ぶのは至難の業だ。ざっくりまとめてみかんジュースと呼ばれているのが実際だろう。しかし柑橘ソムリエの通販サイトでは、30種類近くに及ぶラインナップの中から、ソムリエが今年一押しのジュースを選んでくれるものもある。さらに申し込み時、備考欄のところに「甘い」と「酸っぱい」がいいとか、「個性的」と「定番」を揃えて欲しいなど、一言書き込めばそれに合わせてセレクトしてくれるのだ。

広井さんは愛媛県以外の産地も毎年巡り、日本中の産地をチェックしているそう。
また、柑橘ソムリエだけのオリジナルミックスも多数作っている。名前も独特で「おひさまミックス」や「つむじ風ミックス」に「夕凪ミックス」など南予の楽園の空気を運んでくれるようなものばかり。例えば「月明かりミックス」は河内晩柑とはるかのミックスジュースだ。はるかの持つ甘みの後に、河内晩柑のスッキリとした苦味がきて、まるで優しい月明かりのような味。

定番商品以外に期間限定商品も作っており、その中でも個性的なものに「イナズマミックス」という河内晩柑、甘夏、レモンという強烈な酸味のジュースも。柑橘好きなら販売サイトは定期的にチェックしたい。また柑橘ソムリエに参加している農家の家で、代々作ってきた伝統のミックスも取り扱っている。普通なら一生出会えないかも知れない、レアなブレンド柑橘ジュースに出会うこともできるのも、柑橘ソムリエの通販サイトの特徴だ。

柑橘ソムリエたちのこだわりは、できれば常温で

ソムリエのメンバーは定期的に集い、それぞれがその年に作った柑橘やジュースをテイスティングしている。全員の審査を通ったものだけが、ブランドのラベルを貼ったジュースとして流通される。皆で意見を言い合うので、年々クオリティーがあがっているそう。無添加100%のストレートジュースは新鮮な果実を使い、機械で絞るだけという究極にシンプルな製法なので、ごまかしは一切きかない。

古い果実を使ったジュースは古い味がするそう。それを表す数値はないが、美味しさには確実に影響する。
また、宇和島には日本に3台しかない優秀な搾汁機があり、味がいいと業界でも評判だそう。サイトで値段だけを見ると高価に思われるかも知れないが、例えば温州みかんならジュース一本につき果実は20個も使用されている。

「農業は毎日当たり前のことを当たり前にやるだけ。本当に良い物を作れば、自然と良いジュースができます」と言う二宮さんの言葉が印象的だった。

先代から子孫へ。農業を生業とする人は、自分の一生より長い時間軸を生きているよう。

畑で収穫してすぐのみかんを食べさせてもらったが、本当に瑞々しく忘れられない味となった。

甘さが特徴的な「はるか」のストレートジュース。底に果実が沈殿しているので、よく混ぜてから飲みたい。
そして是非オススメしたいのが、常温でまず飲んでみること。ジュースは冷やすと味がどうしてもシャープになるため、本来の味を感じにくい。違う品種のジュースを2口続けて飲めば、その味の違いに驚くはずだ。

四国の果ての楽園のような土地で、代々の農家がひたむきに自然と向き合い、祈るような気持ちで収穫された輝く柑橘たち。太陽と海の間で作られた果実には、そのエッセンスが詰まっている。

NPO法人 柑橘ソムリエ愛媛

愛媛県宇和島市白浜274

https://citrus-sommelier.com/