東京の中心である千代田区に位置し、江戸時代から商業が盛んな街として賑わってきた神田。明治時代からは大学や出版社が増えていき、現在はオフィス街・繁華街どちらの顔もあわせもつ街として、学生から大人まで老若男女が毎日行き交っている。
そんな活気あふれる街に、ぜひ足を運んでみてほしい洋菓子店がある。それが、明治17年創業の老舗洋菓子店『近江屋洋菓子店』だ。洋菓子と聞くと、豪華なデコレーションが施されたケーキや繊細な味のチョコレートなど、食べてしまうのがもったいない商品も多いイメージがあるだろう。ハレの日に食べる贅沢な一品だ。しかし今回私がおすすめしたいのは、日常の中で“ほっとひと息つく癒し”のような「ケの日」に味わいたくなる「素朴で、飾らない洋菓子」。神田淡路町で約140年続く近江屋洋菓子店のお菓子は、がんばる人に、がんばらない時間を届けてくれる。日常の癒しになるお菓子とはどんなものか。その秘密を探りに、お店を訪ねた。
新旧が混ざり合う街「神田」
学問の地として発展してきた神田は、今や古書店街、電気街、スポーツ用品街、楽器屋街など多種多様なジャンルの文化が集結している。神保町や秋葉原は「サブカルチャーの聖地」として世界的にも有名であり、時代とともにその景色は変化し続けている。
淡路町に隣接する須田町には、2001年に歴史的建造物として登録されたあんこう料理専門店「いせ源」や鳥すき焼き専門店「ぼたん」など、戦災を免れた貴重なお店も残っている。
対して淡路町の中心には、オフィス、レジデンス、イベントホールなどの複合施設である、ガラス張りの高層ビル「ワテラス」がそびえ立っている。神田という地は、昔懐かしい趣を大切に保持しながら、再開発も進む新旧が混ざり合う街だ。
“素材そのまま”の美味しさが心を惹きつける『近江屋洋菓子店』
神田駅から御茶ノ水方面に少し歩くと、大きなガラス扉に「近江屋洋菓子店」と書かれた、一見オフィスビルのような無機質な建物が現れる。しかし扉を押して中へ入ると、そこは天井高の広々とした洋菓子店。雑然とした外気を一掃するような、スッとした空気が流れている。
まず目に入るのは、店の左手に並ぶパンの数々。洋菓子をメインで扱うようになった昭和22年以前はパン屋だったそうで、当時の名残を大切に残している。
そして右手にあるのが、大きなショーケースに整然と並べられた洋菓子たち。チェリー、いちじく、マンゴー、マスカット、メロン、もも…などなど、キラキラと輝くフルーツが乗ったケーキたちに目を奪われる。みるからに新鮮な果物は、毎朝大田区の青果市場まで買い付けに行っているのだとか。常に品質の高い旬な果物を扱っており、週ごとに種類が入れ替わることも。その時々の季節のケーキが楽しめるのが醍醐味だ。
鮮やかなフルーツケーキのほか、大人な雰囲気を漂わせるクラシカルな定番ケーキも人気。そして心が躍る商品は、ケーキ以外にも。プリン、レーズンビスクゥイ、すいかゼリー、そして瓶いっぱいに入ったフルーツポンチ!どれも飾り気がなく、素朴な佇まいだ。“素材そのままをふんだんに使った”商品が、この店の最大の特徴である。
140年以上の歴史を支えてきた、変化を恐れない姿勢
先代からお店を継いで7年目になる、5代目店主の吉田由史明さんは次のように話す。
「140年以上も続けてこられたのは僕らの力というより、お客さまの力。お客さまが望むものを、なるべく残していきたい」。1世紀以上続いてきたお店の根源には、お客さまを第一に想う心があるのだと感じた。
老舗として確固たる地位を築く近江屋洋菓子店だが、定番商品や季節のものだけでなく、いまだに新商品も作り続けていると言う。「伝統という言葉に固執はしていない。作り手である自分も変わるし、お客さまも変わる。時代に合わせたケーキを作っていければいいと思っている」。神田の街並みと同じように、近江屋洋菓子店も進化しているのだ。
そしてぜひチェックしてみてほしいのが、近江屋洋菓子店の公式Instagram。毎日作りたてのお菓子の情報を発信しており、試作品の様子も頻繁に投稿される。「業界業種問わず、いろんなものをみて勉強している。インスピレーションを受けた翌日に、新作を販売することもある」。人々に愛される素朴な洋菓子は、想像以上の柔軟さとスピード感によって形作られているようだ。
毎日食べたくなる引き算のプロ
来店客によって次々とショーケースから出て行くお菓子たち。その勢いに乗って、筆者も目をつけていた商品を注文した。
帰宅後、まずはじめにいただいたのはクラシックショコラ。驚いたのは、その後味。初めは濃厚なショコラの味が口に広がるにも関わらず、次の瞬間にはスッと溶けて消えるのだ。今回味わったすべてのお菓子に共通するのが、この「しつこくない、ほどよい甘さ」。その足し引きの加減が絶妙なのだと思う。
次に食べたすいかゼリーは、“素材本来の甘さ”を感じる逸品だった。ごろっとカットされたすいかにかぶりつくと、夏休みに家族で切り分けて食べた幼少期の記憶が蘇るようだ。余計な装飾のない素朴なすいかゼリーは、食べる人をノスタルジックな気分にさせる。
仕事の合間に食べるおやつにベストなのは、レーズンビスクゥイ。一般的なレーズンバターサンドは、後からバターの重さを感じるものもあるが、近江屋洋菓子店のレーズンビスクゥイは非常に軽やか。ラムレーズンのほのかな酸味をやさしく素朴なクッキーが包んでいる。
美味しいものを食べているときは、猫も杓子も素の自分に戻る。どのお菓子も目を見張る味で、自然と頬が緩む。これこそが、ほっとひと息つける要素のひとつであることは間違いない。
“特別ではない日”にも食べたい、心をほぐす洋菓子
神田は、これからも時を重ねながら、新たな魅力をまとった街へと進化していくだろう。新旧さまざまな文化が行き交うこの街は、古きを大切にする心も、新しいことに挑戦する姿勢も肯定してくれる。
活気あふれる神田で忙しなく過ごす人々の心に、そっと寄り添ってくれる近江屋洋菓子店のお菓子たち。素材を大切にしたシンプルな姿や味わいは、余計なものがないからこそ、誰にとっても心地よい味わいとなる。
とびっきり美味しいお菓子を食べて、ありのままの自分に戻る瞬間を感じてみて欲しい。
近江屋洋菓子店
東京都千代田区神田淡路町2-4
Tel.03-3251-1088
【営業時間】
月~土 10:00 ~ 19:00
祝祭日 10:00 ~ 17:30
日曜日 お休み ※9月以降は日曜日も営業予定
※年末年始の休業・営業時間はお問い合わせ下さい。
※喫茶は休業中となります。
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株式会社マシカクの代表取締役/コピーライター。東京とロックが好きです。