何年もの間、ずっとマグカップを探していた。「毎日使うもの」と考えると、見た目も機能性も妥協したくない。だからこそ自然と条件が上がってしまったのである。私がマグカップに求めることはいくつかあった。好みが多少変わってしまっても使い続けられる普遍的なデザインであること。洗い物がしやすいように丈夫であること。電子レンジでも使えること。そんな理想を掲げながら、作家もの、北欧、英国、ホテルブランドの器まで検討を重ね、そしてついに手に取ろうと思ったのが、ローゼンタールのマグカップだった。
ドイツが誇る名磁器ブランド「ローゼンタール」とは?
ローゼンタールの歴史は古く、1879年にフィリップ・ローゼンタールがドイツ・バイエルン州エアカースロイト城で絵付け工房を開いたことから始まる。白磁に自由な絵柄を描き、芸術性を日常に持ち込む試みは瞬く間に評判となり、1891年には良質な陶土の産地ゼルプに自社工場を設立。本格的な磁器メーカーとして、ヨーロッパを代表する存在へと成長していった。
現在でも、ローゼンタールの主な製品は、ゼルプ工場で熟練の職人によって生産されている。多くの食器ブランドが大量生産体制へ移行する中、ローゼンタールはあえて「数より質」を貫き、自国生産と職人技を守り続けているのだ。そのため生産量も限られているという。
シンプルで美しい白磁
ローゼンタールの白磁は、一見すると無装飾で控えめだ。しかし、よく目を凝らすと美しい余白を保っていることに気づく。光を含んだときに生まれる柔らかな陰影、縁の絶妙な角度、艶を出し過ぎない釉薬の表情。派手さを排しながらも、食卓に置いた瞬間、空気を静かに整える力がある。
使い続けるほどに、白磁特有の凛とした気品が生活に馴染む。色やトレンドに左右されない普遍性は、日々の道具としてとても頼もしい。
この静けさは偶然ではない。ローゼンタールの白磁は、原料の精選から成形、釉薬の掛け方、焼成時の温度や時間管理に至るまで、職人の手と目によって調整されている。釉薬がガラス質へと変化する瞬間の温度、冷却の速度、生地の厚みが均一に保たれる角度。こうした工程が積み重なって、すっきりと研ぎ澄まされた白が生まれるのだ。過度な装飾に頼らなくても、静かな存在感を放つのは、ローゼンタールのこだわりの結晶と言える。
BAUHAUSや世界的デザイナーとのコラボの歴史
ローゼンタールが革新性を明確に示したのは、1961年に立ち上げた〈スタジオライン〉だ。ここには「美しい造形であるだけでなく、実際に生活で使われること」を重視する哲学がある。単なる伝統の継承ではなく、時代の感性と普遍性を同時に保ち続けるための挑戦だ。
1950年代のアメリカ的モダニズム、つづいて世界を席巻した北欧デザインの潮流は、スタジオラインに大きな影響を与えた。タピオ・ヴィルカラ、ティモ・サルパネヴァ、ビョルン・ヴィンブラッドなど、自然観と静謐さを描く北欧のデザイナーたちが、次々と名作を世に送り出したことで、陶磁器は「飾るもの」ではなく「使う美の体験」へと変化していく。
さらに1969年にはバウハウス初代校長ヴァルター・グロピウスによる「TAC」が発表され、構造と造形の純度を極限まで研ぎ澄ませたデザインとして評価された。ローゼンタールはこのように、芸術・デザイン両面から革新を積み重ねていく。
そして1997年、ジャスパー・モリソンというミニマリズムの旗手が、「スーパーノーマル」という独自のデザイン哲学のもと、今回ご紹介している「ムーン」を誕生させた。レッドデザイン賞やバーデン国際デザイン賞など、数多くのデザインアワードに輝いた名作の誕生である。マグカップの他にも、プレートやカップ&ソーサー、ティーポットなど、ラインで揃えることができる。
名前のとおり月光を思わせる柔らかな輪郭、余計な主張を排したライン、白磁が生む静かな陰影。スタジオラインの歴史における集大成のようでありながら、日常の手に最も自然に収まる器。それがムーンだ。
こうした著名なデザイナーとのコラボレーションの他、近年ではブランドとしての柔軟性を発揮し、ファッションやラグジュアリー分野との取り組みも積極的に行われている。たとえば、Versace と組んだ「Rosenthal meets Versace」は、1990年代から続くシリーズで、高級磁器市場におけるテーブルウェアの概念を再定義した。
薄くて飲みやすい上、丈夫で使いやすい
ムーンを手に取ってまず驚くのは、口当たりの軽さだ。縁が薄く仕上げられているため、飲み物がスッと口に入る。
見た目の繊細さに反して、電子レンジにも対応し、日常使用に耐えうる強度があるのも魅力だ。軽さ・口当たり・耐久性、この3点のバランスが揃っているマグは意外と少ない。
品を感じさせながらも、日々に緊張感をもたらさない絶妙な使いやすさ。それがムーンの良さである。
ちょうど良いサイズも魅力的
マグカップを探す上で悩まされたのが、容量だ。少なすぎると物足りないし、かといって大ぶりのマグにありがちな、最後の数口が冷めてしまったり、飲みきれずに残してしまうということが起きると、今度は日々の小さなストレスになる。
けれども、ムーンは本当にサイズがちょうど良い。熱々の紅茶やコーヒーは、温度が落ちる前にゆっくりと飲みきることができる。
飲みすぎることも、物足りなさを感じることもなく、日常の「ほどよさ」を支えてくれる。この、こちらのリズムを崩さない無理のないサイズ感もまた、ムーンの魅力のひとつである。
静かな時間に寄り添ってくれるマグカップ
控えめながら、凛とした存在感で寄り添ってくれるデザインも、日々に心地よい空気をもたらす。空間に余白を生み、そっと心の速度を整えてくれるのだ。
仕事中でも、読書の傍らでも、ただそこに置いておくだけで「ひと呼吸」の時間を生み出してくれる。
毎日使う器には、静かに長く寄り添ってくれるものを選びたい。ローゼンタールのムーンは、まさにこの希望を満たしてくれるアイテムである。道具としての信頼と、日常に宿る美しさを同時に叶える理想的なマグカップを、みなさんも一度手にとってみてはいかがだろうか。
ローゼンタール ムーン
CURATION BY
東京都出身。フリーの編集・ライター。フランスと日本を行ったり来たりの生活をしている。