Vol.651

MONO

13 MAY 2025

フランス伝統の「王家の石鹸」、マルセイユ石鹸のある風景

アントニオ・ロペス・ガルシアという名の画家がいる。スペインで写実的な絵を描いていた人物で、彼の作品に「洗面台と鏡」というタイトルの絵がある。私はこの絵がとても好きだ。体温を感じさせる少し無造作な歯ブラシやコームなどの置き方と、洗面台の静けさや清潔感との調和が、とても良い雰囲気を醸し出しているのだ。蛇口の右端に置かれているのは、白い石鹸。どこにでもある普通の石鹸だが、彼の作品を見ていると、石鹸の良さを改めて実感する。使えば使うほど丸みを帯びる石鹸には、時間の経過が写し出され、いつしか使う人の日常の営みが宿るのだ。その景色が好きなのだと思う。だからたまに石鹸を買う。その中でもお気に入りは、自然派由来で種類も豊富なマルセイユ石鹸だ。今回はこの石鹸についてご紹介したい。

近年再注目。ルイ14世も愛したマルセイユ石鹸

南仏で購入した石鹸たち
マルセイユ石鹸とは、フランス南部に位置するマルセイユに起源を持つ石鹸のことだ。主原料は、マルセイユ特有の暖かい気候が作る特産のオリーブから取れるオイル。そしてこの地域には、冬から春先に “ミストラル” という名の北西の風が吹く。私も実際に浴びたことがあるけれど、東京に吹く北風なんて比ではないと思ってしまうほど、乾燥していて荒々しい、厳しい風だ。この風が、石鹸を乾燥させるのに適しているのだという。

フランスの港町・マルセイユ
そんな風土からマルセイユでは次第に石鹸作りが盛んになり、順調に生産数を伸ばしたが、「マルセイユ石鹸」という名が有名になったのを利用して粗悪な材料を使ったものや、伝統的な作り方を無視した製品が現れはじめた。そこで、ルイ14世が1688年に「マルセイユ石鹸」と名乗れるものを厳選するための基準を設けたのだ。使用できる油脂はオリーブオイルのみ、石鹸の密度が損なわれるため6~8月に製造されたものは「マルセイユ石鹸」とは呼べないなど基準はさまざまで、決まりを破ったものには罰則があったほど徹底していたという。

こうした歴史的背景から、マルセイユ石鹸は「王家の石鹸」「太陽王の石鹸」と呼ばれるようになり、今でも信頼のおける製品として多くの人々から愛されている。

高い審査基準の効果もあり、高品質な石鹸の代名詞となったマルセイユ石鹸は20世紀のピーク時には生産量が180,000トンに達したそうだが、1950年以降は便利な合成洗剤が登場したことにより衰退。けれども昨今の環境への意識の高さから、再度注目を集めはじめている。

自然の材料のみで作られているから、肌に優しい

オリーブオイルが72%配合されている
マルセイユ石鹸の良さは、なんといっても優しい使い心地だ。使用されているのは自然由来の成分のみ。

Fer à Cheval(フェール・シュヴァル)というメーカーのマルセイユ石鹸
現在の審査基準はルイ14世が設けたものよりも多少緩和されたらしく、オリーブオイルが100%使用されていなくても良いらしい。その代わり見かけるのが72%という表示。これはオリーブオイルが72%入っているという証で、今はこの基準を越えていれば「マルセイユ石鹸」と名乗って良いことになっているそうだ。残り28%は植物性オイルと水、塩、そしてソーダのみ。石油系合成界面活性剤や防腐剤などは使用されていない。そのため子どもやお肌の弱い方でも使いやすいのだ。

オリーブオイルには保湿効果も
さらに自然の成分のみで作られた石鹸は、生分解性が高く、自然に還ることができる。そのため環境への意識が高いフランスでもマルセイユ石鹸をはじめとした自然派の固形石鹸は、昨今再評価を受けているのだ。

ピンクや黄色のものは、南仏のお土産屋さんで購入したもの。72%以上オリーブオイルが使用されているため、マルセイユ石鹸の表記はあるものの、着色料が使われている。自然由来の成分のみのものが欲しい方は、先に紹介したキューブ型の石鹸のような、素朴な色のものや、メーカーを厳選して購入するのがおすすめ

南仏で見かける、石鹸屋さん

南仏の街・アビニョンの石鹸屋さん
マルセイユ石鹸の恩恵を受けてか、南仏の街を歩いていると、各街に必ずと言って良いほどあるのが石鹸屋さんだ。

カラフルな石鹸が並ぶ
店内に入ると石鹸特有の清潔感のある香りがし、色とりどりの石鹸や子どもが喜びそうな蝶な犬などの形をした石鹸など、さまざなな種類がところ狭しと並んでいる。マルセイユ石鹸はオリーブオイルが主成分だが、その他にもアルガンオイルを使用したものやロバミルク、シアバターなどを使った石鹸も揃えられていることが多い。

フレグランス付きの色鮮やかな石鹸たち

皿に載せて香りを楽しむ
持ち帰りやすい石鹸は、お土産にも最適だ。香り付きのものは洗うのに使うのはもちろんのこと、ポプリなどのように棚に飾っておくだけで部屋を良い香りで満たしてくれるので、私もとても重宝している。

マルセイユ石鹸のコーナー
ちなみに、これだけの種類の石鹸が並んでいるが、その中でもマルセイユ石鹸はやはり別格。お土産用に買い求める観光客が多いのか、特設のコーナーが設けられていることが多い。自然派由来の成分のみで作られているマルセイユ石鹸は、着色料が使われた色とりどりのものと違い、素朴な色が特徴。ココナッツオイルやオリーブオイルが使われているためアイボリーやカーキ色のものが多く、一見地味だが、安心できる材料のみで作られている証だ。

置いておくだけで絵になる、固形石鹸

ずっしりと重みを感じる
冒頭でもご紹介した通り、石鹸のある風景が好きだ。例えば写真で、誰かの家が写し出されていたとする。その風景の中に使い込まれた石鹸があるだけで、日々を丁寧に生きようとする誰かの人となりが垣間見れたような気がしてしまうのだ。石鹸が生み出す清潔感、そして幾年も波にさらわれた石のように角が取れた石鹸の丸みが醸し出す温もりは、私に安心感を与えてくれる。

洗面台のインテリアが賑やかに
キューブ型のマルセイユ石鹸は存在感があり、まるでオブジェでも飾ったかのよう。置いただけで洗面台が華やかになり、身支度の時間が楽しくなった。

キューブ型は存在感がある

便利なリキッドソープも

Fer à Chevalのリキッドソープ(右)
今回手に取ったマルセイユ石鹸は「Fer à Cheval(フェール・シュヴァル)」というメーカーのもの。1856年から石鹸作りを始めた老舗で、他社に卸している製品も含め、マルセイユ石鹸の9割を生産しているという。このメーカーの他にも、伝統的な製法を使ってマルセイユ石鹸を作っているのは以下の4社に限られる。
Fer à Cheval(フェール・シュヴァル)
Marius Fabre(マリウス・ファーブル)
savonnerie LE SERAIL(セライユ)
La Savonnerie du Midi(サボネリー・デュ・ミディ)
南仏のお土産屋さんに行くと「マルセイユ石鹸」と書かれたものが数多くあるが、UPSM(マルセイユ石鹸の製造組合)が認めた伝統的な製法で作られた製品が欲しい場合や、成分に着色料や保存料が使われていない100%自然由来のものが欲しい場合は、これらのメーカーのものを購入するのがおすすめだ。

品のあるバラの香りが漂う
Fer à Chevalでは使いやすいリキッドのものも販売しており、オリーブオイルの他にココナッツオイルやアルガンオイルなど、数種類の保湿成分が配合されている。固形のマルセイユ石鹸は独特の香りがするが、リキッドの場合はフレグランスが付いているのが特徴だ。今回私が選んだのは「ローズペタル」の香り。バラの華やかな香りの他に、アイリスやプレシャスウド、ムスク、そしてミドルノートにはバイオレットが香り立ち、とても優雅な気持ちにさせてくれる。

現在私が暮らしているフランスでは、日本と違いバスタブのない住居が多い。そのため私もいつもシャワーのみで生活をしている。ゆっくり湯船に浸かる贅沢が叶わない分、香りが豊かな石鹸があるだけで、お風呂の時間が格段に心和むものになる。

石鹸を見ているだけで心が和やかになる
置いておくだけで絵になるマルセイユ石鹸。その上自然由来の成分のみだから、肌が弱い方も子どもも安心して使うことができる。恋人や家族と暮らしている方は、一家全員気兼ねなく使うことができるだろう。そして使うたびに、石鹸は丸くなり、小さくなり、何気ない日々を写し出してゆく。その平凡でなんてことない景色作り出してくれる石鹸は、やっぱり愛おしい。この機会に、みなさんも石鹸のある風景を楽しんではいかがだろうか。

Fer à Cheval

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