Vol.564

MONO

12 JUL 2024

尾州が切り拓くウールの可能性。新見本工場の〈ひつじTシャツ〉を、この夏の定番に。

こうも暑い日が続くと、何を着るべきか悩んでしまう。なるべく薄くて軽く涼しい服はないかとクローゼットを開けるのだが、イマイチしっくりくる夏服がない。そんな中で出会ったのが、意外にもウール素材で作られたTシャツ〈ひつじTシャツ〉だった。この心地よさの理由は何だろう?その秘密を探るため、製造元である毛織物産地・尾州を実際に訪れた。どうやらウールには、私たちの知らない新しい可能性があるようだ。

なぜ夏の服選びは難しいのか?

今年の夏も猛暑が予想されるらしく、その気配を日増しに感じている。気温の影響を特に受けるのが、毎日の服選びだ。暑さに比例して、これが億劫になる。お洒落をしたいという気持ちが薄れ、適当に楽な服で過ごす日が多くなってしまうのだ。そしてこれは決して個人的な意見ではなく、少なくない人数の方に共感いただけるのではないだろうか。

なぜ夏は服選びは難しいのだろう?この理由は汗ではないかと、私は思う。

夏はどうしても汗をかく。少し外を歩くだけでTシャツがびっしょり、という経験をしたことがある方も多いだろう。そして少しでも時間が経つと、汗の不快感にプラスして、その臭いも気になってくる。だから私たちは夏のあいだ一日に何度も着替えたりするのだが、その度にクリーニングに出すわけにもいかないので、お洒落着にはなかなか手を伸ばせない。現実は洗濯機で気兼ねなく洗える適当な服のルーティン。夏の服選びにワクワクできないのは、そんな習慣が理由かもしれない。

それでは、自宅で簡単に洗濯できるのに、お洒落も楽しめる服があるとすれば?さらに、着ている時の汗の不快感も軽減してくれる服があるとすれば?私たちの夏の服装選びは、もう難しくはなくなるのではないだろうか。

そんな服を、ついに私は見つけた。ウール素材で作られた一見シンプルなTシャツ〈ひつじTシャツ〉。製造元は、愛知県一宮市の『新見本工場』だ。

新見本工場(愛知県一宮市)

新見本工場スタッフの皆さん(写真提供:新見本工場)

メイドイン尾州の『新見本工場』

夏の服装の新しい可能性を探すべく訪れたのは、愛知県一宮市で大鹿株式会社が運営する『新見本工場』という洋服店。「産地に行って、服を買う。」 をコンセプトに、日本一の毛織物産地・尾州の工場で、生地や服の生産、販売を行う店である。

田んぼにかこまれた大きな工場の一角に『新見本工場』はある。元々は『見本工場』として、その名のとおりサンプルを作る工場として運用していた場所を、2021年に店舗に改修した。だから、『新見本工場』。出迎えてくださったのは生地デザイナーの彦坂雄大さんだ。

新見本工場・生地デザイナーの彦坂雄大さん
〈ひつじTシャツ〉をご紹介する前に、尾州について触れておきたい。

洋服好きならたまに耳にする尾州というワードだが、これは昔の尾張国の通称。『新見本工場』のある愛知県一宮市を中心に、津島市、稲沢市、江南市、岐阜県羽島市など、愛知県尾張西部から岐阜県西濃までのエリアを尾州と呼んでいる。

新見本工場から望む愛知県一宮市の長閑な風景
彦坂さん曰く、この産地の魅力は一貫生産ができること。「目と足の届く範囲で一枚の洋服を作ることができる」と彦坂さんは話す。

「尾州は、一宮市を中心に工場が密集しています。そのため『新見本工場』では、紡績から生地の製作、仕立てまでの服作りの全工程を、外部に委託することなく、すべて尾州の職人たちの手で行うことができるのです」

尾州の魅力を話す彦坂さん
工程ごとに尾州エリア内で工場を変えつつ、みんなで一枚の洋服を作ることができるという尾州。実はこれは珍しいことで、普通は生地だけを尾州で作り、デザインや縫製は関東や関西などの都市部で行われる、といったことが少なくない。『新見本工場』の「目と足の届く範囲で」作られるプロダクトは、着る人と職人の双方に愛のあるものだと感じた。

「職人さんも『新見本工場』の服を着てくれていて、それがとても嬉しいですね。尾州の生地というだけでない、本当のメイドイン尾州を、お届けしていけたらと考えています」

工場の一角にある新見本工場は、服の産地直売所

店の奥には現役の工場が。歴史ある織り機や編み機が稼働している

毛織物産地・尾州だからこそ提案できる「夏こそウール」

地域内一貫生産で、質の良いプロダクトを多くの人に届ける尾州。この地で様々な繊維製品が作られているわけだが、特に得意とするのは毛織物だ。

「尾州のウールは、一般的なものとは異なります。特に皆さんがイメージされるような秋冬の分厚いウールではなく、スーツ生地に代表されるような光沢感の美しいウール。このサラッとした素材感は、まず他の産地で出会うことはできないはずです」


「サラッとした素材感」。これぞまさに、ご紹介する〈ひつじTシャツ〉のウールで感じたことだった。

新見本工場に並べられる〈ひつじTシャツ〉
尾州ウールの特徴は、薄くて軽やかな着心地と、光沢の美しい上品なドレープ感である。ウールの糸は細くすればするほど扱いが難しく、設備と職人技術が必要とされる。尾州は戦後からスーツを作り続けてきた背景もあり、この技術が根付いているのだった。

「『新見本工場』としても、この尾州ならではのウールを広めたい、という目標がまず第一にありました。そして思いついたのが、夏にウールを着てもらうというアイデアです」

こうして〈ひつじTシャツ〉は「夏こそウール」というインパクトのあるコピーと共に、『新見本工場』の立ち上げ時に目玉商品としてリリースされた。当時から反応が良く、初回は一週間で完売。このTシャツをきっかけにウールの魅力に取り憑かれたお客さんも、実際に多いのだという。

「生地の薄さに驚かれる方が多いですね。試着いただいた際、試着室から『なんだこれ!?』という声が聞こえてきたことも。肌にのせるとよりその軽やかさを実感いただけると思います」

その着心地は経験したことがないほど軽やか

〈ひつじTシャツ〉の素材と製造工程

実はウールは、その暖かなイメージに反して、夏に最適な素材だ。

ウールの表面はウロコ状に重なり合っていて、このウロコをスケールと呼ぶのだが、スケールは湿気を調整するために閉じたり開いたりする。吸湿性や速乾性が期待できる素材というわけだ。これは羊自らが快適に過ごせるように進化した「羊毛」ならではの機能であり、〈ひつじTシャツ〉の着心地がサラッとしているのも、このウールの特徴を最大限利用しているからである。

〈ひつじTシャツ〉に用いられている糸は、super100’sメリノウール。メリノウール原料の繊維直径はなんと0.0185mmで、この細さも、快適な着心地を実現する理由の一つだ。

〈ひつじTシャツ〉の素材となるsuper100’sメリノウール(写真提供:新見本工場)

編み機に設置される極細の糸(写真提供:新見本工場)

細い糸が軽やかな天竺生地に(写真提供:新見本工場)
この極細のメリノウールを使用して作られるのが、美しい光沢と滑らかな肌当たりが魅力のサマーウール天竺。天竺とは、伸縮性に優れた最も薄く軽量な編み地であり、先に述べたような羊毛の魅力をたっぷりと味わうことのできる生地だ。

またこの生地は、編み上がってから一度「整理」と呼ばれる水洗いを行う。彦坂さんは、この工程がミソなのだと話す。

「洗い方によって全く風合いが異なります。縮み方をコントロールしつつ洗いをかけて、どのくらいの柔らかさで仕上げるかというのが、職人の腕の見せ所。尾州ウールはこの技術が優れているので、他にはないウールの着心地が実現しました」

〈ひつじTシャツ〉は糸の段階で防縮加工を施しているのに加え、さらにこうして水洗いの工程を経ているので、繊維が縮みにくい。これが自宅での洗濯もしやすさにも繋がっているのだそうだ。

編み上がった生地を職人が確認する様子(写真提供:新見本工場、撮影:みづほ興業株式会社))

「整理」と呼ばれる水洗いの工程。木曽川の軟水で洗う(写真提供:新見本工場、撮影:みづほ興業株式会社)
このようにウールを知り尽くした尾州だからこそ生まれた〈ひつじTシャツ〉だが、実はこのTシャツ、過去に何度かのアップデートを行っている。例えば針数(編み目の数)は、最初24ゲージだったが、現在はより細い28ゲージに。当然編みづらくはなったが、以前にも増して艶やかな生地感が実現した。

『新見本工場』は尾州の地で、このようなウールへの挑戦を、きっとこの先も続けていくのだろうなと思う。またアップデートが行われることもあるだろう。それは 言い換えれば、ウールの可能性の最先端を、私たちはこの先も〈ひつじTシャツ〉を通じて味わうことができるということかもしれない。

様々な工程を経て出来上がる薄くて軽いTシャツ

夏ちょっといいかも、を〈ひつじTシャツ〉で

いま〈ひつじTシャツ〉は私の夏を鮮やかに彩ってくれている。初めて袖を通した時におぼえた感動は、毎朝そのままに、しかし心地よく日常に馴染んできた。

サラッと着られてお手入れが楽なので、家着としてつい手を伸ばしてしまうが、デザインがシンプルで洗練されているので、そのままお出かけ着にも着られることが嬉しい。家でリラックスして過ごす時のスタイリングを、ボトムスと小物だけ変えて、そのままショッピングに。そんな使い方ができるのが〈ひつじTシャツ〉の魅力だと感じる。

家でリラックスする時に選びたい心地よさ

ドレープが美しいのでボトムスにインしてもサマになる
ウールには紫外線に強いという特徴もあるため、外で動く時にも重宝する。例えばバイクに乗る時、ウールの生地を風が通り抜けていくのも気持ちいい。もちろん汗も臭いも気にならない。

ウールはなんとSPF30。夏のバイクスタイルにも
彦坂さんは、夏に限らず冬場の肌着としても優れていると話した。

「肌触りの良い生地の表側をあえて裏に使用しているため、肌に直接着るのもおすすめです。夏はTシャツ、冬は肌着として、通年〈ひつじTシャツ〉を着ているというお客さんも多いんですよ」

ジャケットのインナーとしても重宝しそうだ
夏だけでなく、一年中手を伸ばしてしまいそうな〈ひつじTシャツ〉。ウールがこれほど万能な素材だとは知らなかったが、一度着ると、これまで着てこなかった人生が信じられないほど毎日にフィットする。

サラッとしたウールを着て一日を過ごすと、この茹だるような暑さでも、夏ちょっといいかも、とさえ思えるから不思議だ。私は明日の朝も、この気持ちの良いウールに手を伸ばすだろう。




繊細な編み目による豊かな光沢感が、夏を彩る

この夏、ウールの新しい可能性と共に

最後に心に残っているお客さんからの感想を尋ねると、彦坂さんは嬉しそうに笑った。

「尾州や、尾州のウールを知って、人生が3倍楽しくなったと言ってもらえたことがあります」

多くの人の人生を何倍も楽しくしてくれるようなウールが、これからも尾州という土地から広まり続けてほしいと、私も一人のファンとして願う。

店舗を訪れる際は是非デザイナーから直接話を聞きたい
不快な汗をかく夏。洋服選びもつい億劫になり、安いものをとりあえずで揃えがちだが、Tシャツのような身近なアイテムこそスペシャルな選択肢を持つことで、ふとした瞬間をより心地よくできるのではないだろうか。家でも外でも楽しめる日常着のアップデートは、引いては日常そのもののアップデートにも繋がると思う。

〈ひつじTシャツ〉は5色のユニセックス展開。好みのカラーとサイズを夏の定番に
「夏こそウール」というサプライズに、今年は手を伸ばしてみよう。〈ひつじTシャツ〉は私たちの夏の装いにきっと、新しい可能性をもたらしてくれるはずだ。

ひつじTシャツ