デジタル化が著しく進む現代。ところが、その波に逆らうかのように「レンズ付きフィルム」が若者を中心にリバイバルしている。「レンズ付きフィルム」は一般的なフィルム一眼レフカメラと比べて、少ない操作でより直感的に撮影ができる。また手軽に持ち歩くことができ、アプリでフィルター加工をしなくても簡単にお洒落でノスタルジックな雰囲気に撮れるとあって、その高い描写力と新鮮さが人気のようだ。
しかし、フィルム製品全般に言えることだが、今では当たり前となっているリアルタイムでの編集・共有ができず、さらには大切な一瞬が真っ暗な“失敗写真”の可能性だってある。
このように、一見デメリットばかりが目に付くフィルムがなぜ今、デジタルネイティブである彼らに評価されているのだろうか。ここでは、特徴の異なるレンズ付きフィルム3製品で実際に撮影したものを比較しながら、その魅力を探ることにした。
世界初のレンズ付きフィルム 「写ルンです」
「レンズ付きフィルム」と聞いて大半の人が思い浮かべるのは、「写ルンです」や「使い捨てカメラ」というワードではないだろうか。「写ルンです」は、富士フイルムが開発した世界初のレンズ付きフィルムであり、現在も国内シェアナンバーワンを誇っている。
写ルンですの誕生は、カメラがまだ高価であった1986年。それから今日まで、多くの人のファーストカメラとして愛されてきた。“いつでも、どこでも、誰にでも”をコンセプトにし、フィルムにレンズとシャッターだけを付けた必要最低限の造りにすることで、万人に手が届く価格設定を実現した。
そして、この構造と流通上の理由により、「レンズ付きフィルム」と称されることになった。簡易フィルムカメラと呼ばれることもあるが、実はカメラではなく、1本2本と数える「レンズ付きフィルム」なのだ。また、現像時に回収される本体は、電池を除く95%がリユース&リサイクルされているため、使い捨てという認識も誤りであると伝えたい。そんな写ルンです、海外では「Quick Snap(クイック・スナップ)」の名称で親しまれている。その名の通り、簡単な操作でほぼタイムラグなく撮影できることは、他製品含め最大の特徴と言えよう。
時代を経て多様化するレンズ付きフィルム
ここまで触れてきた「写ルンです」以外にも、興味深い製品が海外メーカーから発売されている。
その一つが、写真発祥の地イギリスで135年の歴史を持つ会社ILFORDが発売する「XP2 SUPER SINGLE USE CAMERA」だ。クリアケースが装着された本体はさわやかな白色で、そこに種類ごとに違ったカラーのストライプがあしらわれている。実を言うとこの製品、一般になじみのあるカラーフィルムではなく、白黒フィルムを採用しているのだ。
だが白黒フィルムというのは、現在では現像できるラボが全国的に見ても少なく、どうしても現像に手間がかかることが多い。それを理由に手を出しづらいと感じる人も多いだろう。しかし、この製品に装填されているフィルムXP2 SUPERは、カラーネガフィルムに対する一般的な現像方法「C-41現像」での処理が可能なのだ。これなら殆どのラボが取り扱っているので、手軽に白黒フィルムの良さを体感することができるだろう。
そしてもう一つご紹介したいのが、Lomographyの「Simple Use Film Camera(LomoChrome Metropolis)」だ。Lomographyは独特な発色の銀塩フィルムや、遊び心あるトイカメラを中心に発表している会社であり、それぞれの製品に対し多くの根強いファンを持っている。
そんな製品たちの中でも、このSimple Use Film Cameraがこれまでの常識を覆す製品であったことは間違いない。特筆すべきは、レンズ付きフィルムでありながらも、フィルムカメラのようにフィルム交換ができるという点だ。まさに従来のレンズ付きフィルムとフィルムカメラ双方の利点を併せ持つ画期的な製品となっているのだ。
今回使用したのはLomoChrome Metroplisが装填されたパッケージで、赭(そほ)に近い色のボディに商品名等のロゴが入ったシンプルながらにキュートなデザインが特徴だ。このLomoChrome Metropolisというフィルムは、変幻自在なカラーシフトを楽しめるところがポイントとなっている。また、本体に付属している3枚のカラーフィルターを使用してフラッシュ撮影をすれば、よりユニークな写りを楽しむことができる。
撮るものすべてをフォトジェニックに変える、フィルムの持つ描写力
これまでに紹介してきた3製品を携えて街へ繰り出し、実際に撮り比べてみた。まずは、とある商業施設で撮ったものだ。
この写真を見ると、フィルムごとにカラーが大きく異なっているのが分かる。写ルンですは鮮やかに発色しているのに対し、LomoChrome Metropolisは落ち着いたトーンで表れている。
また、この日は雨がぱらつく曇り空だったが、この写真はあえてフラッシュを焚かずに撮影した。先ほどの写真と比べてみると、白い靄がかかったような淡い写りになっている。ただし、どのメーカーも「室内や曇りの日、夜間の撮影はフラッシュが必須」としているので、もし試してみる場合は、最低限の明るさを確保したうえで、あくまでも自己責任で撮影してほしい。
LomoChrome Metropolisが表現する植物の緑は、古いフィルム映画のような色相で好む人も多いのではないかと感じる。フィルム全体として低い彩度と力強いコントラストが特徴的で、黒も緑がかったような発色で強すぎないのも印象がいい。
こちらは土産店が立ち並ぶ通りに飾られた七夕飾りだ。このように、被写体をダイレクトに撮るのではなく、水面の反射や影、シルエットを狙ってみるのもまた一興だろう。
シャッターチャンスとは実に気まぐれなもので、その日の天気、太陽の傾き、吹き流しのたなびく具合もすべてが時の運であり、それも含めてフィルムの醍醐味なのだと思う。
市街地に入ると、大通りには路面電車が走っていた。車両は最新鋭のスタイリッシュなものから、色褪せたボディに車内は木床というレトロなものまで現役で走っており、街中で頻繁に見かけることができる。
通りを外れた場所にある無機質で古いビルも、フィルムで残せばたちまち味わいのある作品に変化した。XP2 SUPERでは、さながら昭和後期を思わせるような趣深い雰囲気に仕上がった。
最後に広場に咲いていた紫陽花を撮ってみた。LomoChrome Metropolisは写真中央が黄色っぽく感光しているのがお分かりいただけるだろうか。
感光とは撮影済みのフィルムを露光させることで起こる現象で、白飛びしたり、カラーフィルムには赤や黄色が被さって表れることが多い。一般には失敗写真の部類に入るのだが、感光を好んで取り入れるフィルム一眼ユーザーも存在し、一種のカルチャーになりつつある。なお、レンズ付きフィルムの場合、これを意図的に起こす方法はない。
今回使用した3製品はいずれも27枚撮りであった。しかし先ほどのLomoChrome Metropolisの感光写真、実は28枚目なのだ。これは、フィルムの長さに余裕をもって作られているためで、うまく装填すれば規定より1~2枚多く撮影することが可能なのだ。すべて一概には言えないが、もしかするとこのようなラッキーな製品に出会えるかもしれない。ちなみに筆者は普段から写ルンですを好んで使用しているが、感光したり規定枚数以上撮れたことはまだ一度もない。
XP2 SUPERでは29枚撮影することができた。感光していたのは29枚目で、この結果から感光はラストのひとコマに起こりやすいと考えられる。しかし過度に感光してしまうと、コマ全体を白く飛ばしてしまう可能性も孕んでいる。大切なシーンを残したい場合、規定枚数以降に撮るのは避けたほうがいいのかもしれない。
お気に入りのラボを見つけて、あなた色の仕上がりに
今回利用したカメラのキタムラ以外にも、全国に数多くのラボが存在している。中にはSNSでハッシュタグが作られ、数万件の投稿がシェアされるような人気店もあり、その店独自の仕上がりの雰囲気や質感に定評のあるところが多いように見受けられる。そのような店のほとんどが郵送現像サービスを行っており、自宅からでもWEBで現像依頼が可能となっている。
ここでは郵送現像に対応している全国の人気ショップをいくつか挙げておく。
・エビスカメラ ―東京都港区白金6-6-1
Webサイト:
www.ebisucamera.com・Photolabo hibi ―京都府左京区正往寺町462-2インペリアル岡崎1F西端
Webサイト:
http://labo-hibi.com・ALBUS ―福岡県福岡市中央区警固2-9-14
Webサイト:
http://albus.in/
ラボごとの仕上がりの特徴は、スキャンしてデータ化する際に表れるものだ。カメラのキタムラでは仕上がりの指定やオーダーはできないが、その他多くのラボでは補正オーダー(セミオーダー)に対応している。細かい指定が難しくとも、好みの作品を見せたり、理想の雰囲気を伝えるだけでもいい。
質感を変えたり色を一つ足すだけで、写真の印象はガラリと変わってくる。自分好みの色に近づけることで、より一層その瞬間を愛おしく思えるかもしれない。加えて、プリントして形にすることで、データを見るのとはまた違った感動を味わうことができるだろう。
フィルムが今も輝きを失わない理由
撮ってすぐに確認できることが当たり前となった時代にフィルムを使うというのは、とても不自由なことに感じるかもしれない。それでもあえてお金や手間のかかる方法を選び、フィルムで写真を撮ってみる。
「うまく撮れているか分からない」「枚数に限りがあるから撮り直しもできない」
だからこそ、シャッターを押す瞬間がより特別なものになる。そして、目に焼き付けるように写した大切なその一瞬は、たとえデジタル写真のように鮮明に残せていなかったとしても、しっかりと思い出すことができるだろう。フィルムには、そんな力があると思っている。
そして、撮り始めから現像が終わるまでの結果を待つ時間というのは、期待と不安を交互に抱き、容易に過ぎてはいかないものである。しかし、現代では貴重になったその体験にこそ、お金では手に入らない本当の価値があるのではないか。
フィルムとは自分を映す鏡のようなものだと筆者は思う。そして、言葉を用いることなく、誰もが共有できる最高のツールであるとも。自分が心惹かれたものの記録として、こだわりの一人暮らしの日記代わりに、「レンズ付きフィルム」を始めてみてはいかがだろうか。
CURATION BY
家事育児の傍らに写真を撮っています。本職は西洋料理人。いつかギャラリーを併設した自分の店を持つのが夢です。