モネがこだわった、食卓のイエロー
筆者は仕事で訪れた際、広々とした邸宅の中でも、モネのパレットを模したという色とりどりの花が咲き乱れる庭園と、イエローのダイニングに思わず心を奪われた。いかにモネが色彩に重きを置いていたかが、窺い知れる徹底したこだわりようだ。この黄色だが、光とその色を追求したモネの絵画的な視点だけで作られたものではない。彼はここに、「食卓に暗い色を持ち込まない」という、人生哲学を宿した。モネの貧乏時代を支えた1人目の妻・カミーユの死という不幸を経験し、後妻のアリスと8人の子どもたちとともにこの家に引っ越してきたモネの背景を思うと、このイエローの明るさに宿る切実さが、心に迫ってきはしないだろうか。
さて、この家でモネは、ハーブや香辛料を自ら育てて料理を作り、彼の友人である政治家のクレマンソーや画家のルノワール、そしてセザンヌたちに振る舞っていたという。そしてそんな日常の中で作り上げられたモネのレシピが、とある本にまとめられて残っているのだ。
モネのノートを元に作り出された、レシピ集
本の後半部分に書かれたレシピには、前菜から肉料理、スープ、魚料理、デザートなど、フランスらしいフルコースの品々が並んでいる。フランス料理というと、レストランで振る舞われるトリュフやフォアグラなどの高級食材の数々が思い浮かぶかもしれないけれど、モネのレシピたちは、決して豪華な食材が使われているわけではない。 使われているのは、野菜や卵やハーブ、そして鶏肉やジビエといった、素朴で庶民的なものばかりだ。そんなレシピたちを眺めていると、 日常的な風景に主題を求めて芸術の域まで引き上げた、モネの美学が感じられるように思う。
食卓を作るべく、蚤の市と市場へ
まず筆者が訪れたのは、パリの3代蚤の市のひとつである、ヴァンヴの蚤の市だ。ここに、モネのダイニングから影響を受けて、イエローの食器を探しに来た。蚤の市は早朝から人で賑わっており、みな掘り出し物がないか真剣な面持ちだった。
モネのレシピから、5種類のメニューを作ってみる
ハーブのスープの材料は、セルフィーユ(英語だとチャービル)というハーブとオゼイユという酸味が特徴的なハーブ、そしてレタスだ。ハーブはそれぞれ一握りくらいの分量を、そしてレタスは丸ごと使う。これらを鍋で煮て、塩と胡椒で味付けをし、最後にお米を少しと、コクを出すためにバターを入れるという簡単なレシピである。
リブステーキのマルシャンド・ド・ヴァンは、リブロースステーキに、Marchand de vin(マルシャンド・ド・ヴァン)という名前の赤ワインのソースをかけたもの。直訳すると「ワイン商人」という意味で、その名が示す通り、赤ワインを使ったソースだ。まずroux blond(ルーブロン、ブロンド色のルーの意)を作る。roux blondとは、小麦粉とバターを炒めて作るroux blanc(ルーブラン、白いルーの意)に、もう少し火を加え、薄茶色にしたものである。これにビーフブイヨンを混ぜておく。
微塵切りにしたエシャロットを炒め、赤ワインと煮立てたら、そこに先ほどのroux blondを加え、焼いているリブステーキにかけて出来上がり。
デザートのコンポートも簡単で、切ったリンゴをバニラとともに煮てコンポートを作ったら、冷やしておき、食べるときに砕いたピスタチオをかけるだけである。
今まで白いお皿ばかりで黄色の食器を使ったことがなかったが、鮮やかな色が食卓にあるだけで、気分が華やかになったのだから驚きである。「食卓に暗い色を持ち込まない」というモネの精神は、もしかしたら「食卓に暗い気持ちを持ち込まない」とも言い換えられるのかもしれない。
モネの美食精神を、思う存分味わう
レシピはどれもこれもシンプルだ。けれど例えばスープに加えられた少しのお米であったり、オムレツもふわふわとした舌触りだったりと、普段何気なく食べているものの延長線にありながら、どこか気が利いていて感性を伸びやかにしてくれる。このちょっとした工夫があるだけで、味や食感に和音のような広がりを感じられるのである。
みなさんも、芸術家を育んだ食卓のアイデアを使って、自分の中に眠る感性の豊かさを感じ取ってみてはいかがだろうか。