Vol.612

KOTO

27 DEC 2024

実は美食家。印象派の画家、クロード・モネの精神を我が家の食卓に

日本でも有名なアートムーブメント「印象派」。 モネやルノワール、そしてバレリーナの絵で知られるドガなど、この歴史的な運動を作り上げた著名な作家はさまざまいるが、 その中でも、取り分け「睡蓮」を描いたクロード・モネの人気は計り知れない。 そんなモネが、実は大の美食家だった、というのはご存知だろうか。伝統的なサロンで評価される歴史画や貴族のポートレートではなく、パリの街並みや海岸や草花など、日常的な主題を追求したモネ。そんな彼にとって、食事をはじめとした普段の暮らしは、芸術的な感性の土壌となる大切な要素だったのではないだろうか。 そこで今回は、そんな芸術家のエッセンスを、絵の鑑賞からではなく、彼の暮らしを真似することで取り入れてみたい。

モネがこだわった、食卓のイエロー

フランスのジベルニーにある、モネの家のダイニング
フランスのジベルニーには、モネが40代以降、人生の後半を過ごした家が残されている。 かの「睡蓮」も、モネがこの場所に作った庭を描いた作品だ。

筆者は仕事で訪れた際、広々とした邸宅の中でも、モネのパレットを模したという色とりどりの花が咲き乱れる庭園と、イエローのダイニングに思わず心を奪われた。いかにモネが色彩に重きを置いていたかが、窺い知れる徹底したこだわりようだ。この黄色だが、光とその色を追求したモネの絵画的な視点だけで作られたものではない。彼はここに、「食卓に暗い色を持ち込まない」という、人生哲学を宿した。モネの貧乏時代を支えた1人目の妻・カミーユの死という不幸を経験し、後妻のアリスと8人の子どもたちとともにこの家に引っ越してきたモネの背景を思うと、このイエローの明るさに宿る切実さが、心に迫ってきはしないだろうか。

さて、この家でモネは、ハーブや香辛料を自ら育てて料理を作り、彼の友人である政治家のクレマンソーや画家のルノワール、そしてセザンヌたちに振る舞っていたという。そしてそんな日常の中で作り上げられたモネのレシピが、とある本にまとめられて残っているのだ。

モネのノートを元に作り出された、レシピ集

モネの食事へのこだわりが詰まった「LES CARNETS DE CUISINE DE MONET」
本の名前は「LES CARNETS DE CUISINE DE MONET」。日本語にすると「モネの料理ノート」といったところだろうか。モネが残した手紙やノートを元に、彼の料理に対する思いやもてなしへのこだわり、そしてレシピを一冊にまとめた本である。

本の後半部分に書かれたレシピには、前菜から肉料理、スープ、魚料理、デザートなど、フランスらしいフルコースの品々が並んでいる。フランス料理というと、レストランで振る舞われるトリュフやフォアグラなどの高級食材の数々が思い浮かぶかもしれないけれど、モネのレシピたちは、決して豪華な食材が使われているわけではない。 使われているのは、野菜や卵やハーブ、そして鶏肉やジビエといった、素朴で庶民的なものばかりだ。そんなレシピたちを眺めていると、 日常的な風景に主題を求めて芸術の域まで引き上げた、モネの美学が感じられるように思う。

食卓を作るべく、蚤の市と市場へ

パリのヴァンヴの蚤の市
今回は、この本の中のレシピ使い、自宅でモネの食卓を再現してみることにした。

まず筆者が訪れたのは、パリの3代蚤の市のひとつである、ヴァンヴの蚤の市だ。ここに、モネのダイニングから影響を受けて、イエローの食器を探しに来た。蚤の市は早朝から人で賑わっており、みな掘り出し物がないか真剣な面持ちだった。

フランスらしい装飾的な絵柄のお皿が並ぶ
じっくりあれやこれやと店を回って物色した後、今回筆者は、黄色い八角形のお皿を1枚購入した。鮮やかすぎず、どこかミルキーさを感じるまろやかな黄色は、ベーシックな白い皿などとも調和が取れそうである。

購入した黄色いお皿

モネのレシピから、5種類のメニューを作ってみる

色鮮やかなフランスの食材たち
今度はこの皿に盛り付ける料理を、「LES CARNETS DE CUISINE DE MONET」から選んで作ってみる。私が選んだのは、「ハーブのスープ」「ムースオムレツ」「リブステーキのマルシャンド・ド・ヴァン」、そしてデザートに「リンゴとピスタチオのコンポート」である。

ハーブのスープの材料は、セルフィーユ(英語だとチャービル)というハーブとオゼイユという酸味が特徴的なハーブ、そしてレタスだ。ハーブはそれぞれ一握りくらいの分量を、そしてレタスは丸ごと使う。これらを鍋で煮て、塩と胡椒で味付けをし、最後にお米を少しと、コクを出すためにバターを入れるという簡単なレシピである。

手前:オゼイユ。噛むとじわっとプラムのような酸味が口の中に広がる。奥:セルフィーユ
ムースオムレツは、メレンゲ状に別立てした白身に、黄身と少量の小麦粉を入れた牛乳を混ぜたものを合わせて、普通のオムレツのように焼く。するとふわふわとした食感が特徴的な、軽やかなオムレツが出来上がる。

リブステーキのマルシャンド・ド・ヴァンは、リブロースステーキに、Marchand de vin(マルシャンド・ド・ヴァン)という名前の赤ワインのソースをかけたもの。直訳すると「ワイン商人」という意味で、その名が示す通り、赤ワインを使ったソースだ。まずroux blond(ルーブロン、ブロンド色のルーの意)を作る。roux blondとは、小麦粉とバターを炒めて作るroux blanc(ルーブラン、白いルーの意)に、もう少し火を加え、薄茶色にしたものである。これにビーフブイヨンを混ぜておく。

微塵切りにしたエシャロットを炒め、赤ワインと煮立てたら、そこに先ほどのroux blondを加え、焼いているリブステーキにかけて出来上がり。

デザートのコンポートも簡単で、切ったリンゴをバニラとともに煮てコンポートを作ったら、冷やしておき、食べるときに砕いたピスタチオをかけるだけである。

出来上がった「ハーブのスープ」「ムースオムレツ」「リブステーキのマルシャンド・ド・ヴァン」
盛り付けは、早速蚤の市で購入してきたお皿に。付け合わせに黄色のトマトや、元々私が持っていた金色の飾りがついた皿も使い、黄色をポイントにテーブルコーディネートを組んでみた。

今まで白いお皿ばかりで黄色の食器を使ったことがなかったが、鮮やかな色が食卓にあるだけで、気分が華やかになったのだから驚きである。「食卓に暗い色を持ち込まない」というモネの精神は、もしかしたら「食卓に暗い気持ちを持ち込まない」とも言い換えられるのかもしれない。

モネの美食精神を、思う存分味わう

マルシャンド・ド・ヴァンは、バターのまろやかさと赤ワインの果実味との組み合わせがおいしかった
試食をしてみると、全て知っている食材にも関わらず、今まで試したことのない取り合わせや食感で、春の風を浴びたかのような新鮮な気持ちになった。

レシピはどれもこれもシンプルだ。けれど例えばスープに加えられた少しのお米であったり、オムレツもふわふわとした舌触りだったりと、普段何気なく食べているものの延長線にありながら、どこか気が利いていて感性を伸びやかにしてくれる。このちょっとした工夫があるだけで、味や食感に和音のような広がりを感じられるのである。

冷蔵庫で冷やしておいた、リンゴのコンポートをデザートに
素朴な素材を使いながらも、どこか豊かさを感じさせるモネのレシピたち。日々微細に揺らめく光の移ろいを観察し、絵を描き続けたモネの、繊細な感性がレシピにも息づいているように感じた。

みなさんも、芸術家を育んだ食卓のアイデアを使って、自分の中に眠る感性の豊かさを感じ取ってみてはいかがだろうか。

参考文献

Claire Joyes 「LES CARNETS DE CUISINE DE MONET」、Éditions du Chêne、2009