Vol.490

KOTO

27 OCT 2023

現代美術を鑑賞しながら、スコッチウイスキー「花と動物シリーズ」を共に優雅な時間を

自宅で贅沢な時間を過ごしたい。そんな時にはスコッチウイスキーをゆったりと味わいながら美しい本を眺めてみるのはどうだろうか。非常に相性が良く贅沢な時間を過ごすことができるだろう。今回、紹介するアートブックは写真を使った現代美術家、ソフィ・カルの作品、Rachel Monique とBecauseの2冊。それに合わせるスコッチはユナイテッド・ディスティラリーズ社(以下UD社)がリリースしている「花と動物シリーズ」からティーニニック10年、ベンリネス15年を選んだ。

ソフィ・カルのアートブック Rachel Monique

ソフィ・カルのアートブック Rachel Monique
ソフィ・カルは1953年にパリで生まれたアーティストで、写真とテキストで作品を制作するコンセプチュアルアーティストである。彼女の作品はテーマの選定にインパクトがあり、とても深く考察されている。「他者」との関係を意図的に作る事で、現代社会が持つアイデンティティを客観的な視点で見つめることになる。

例えば、1981年に製作された作品は彼女自身がホテルのメイドとして働きながら、宿泊客の客室を撮影した作品「The Hotel」や、街で偶然拾ったアドレス帳に載っていた人物に連絡を取り、アドレス張の落とし主についてのインタビューを行った。その事により持ち主から訴えられかけ問題となった作品「The Address Book」を発表した。

他にも、見知らぬ人や友人に自分のベッドで寝てもらい撮影をした作品や、生まれつき目が見えない人へ美のイメージをインタビューしながら、イメージを写真で表すなどインパクトのある作品が特徴だ。

多くの人生は注目されるものではなく、また注目を避けるように生きている。

特別注目されることのなかった他者の人生を、意図的にきっかけを作り深く考察してゆく。そのことにより人間として普遍的な辛さや、苦しみ、またはささやかな幸福を垣間見ることができる。彼女がそのような現代人のアイデンティティに注目し露にされた作品は、ただ綺麗なだけではなく共感し感動してしまう。それがソフィ・カルの魅力である。

写真やテキストは美しく非常に思考深いのだが、彼女のアートブックは製本そのものが実験的で妥協を許さない作品になっている。

Rachel Monique 母親が手帳に残していたメモ
そんなソフィ・カルの代表的なアートブックRachel Moniqueとは。

表紙に写真は使われず、テキストが黄色い刺繍で装飾されている。タイトルを見ただけでは何の本かは分からない上に何の説明もない。ページをめくると内面のテキストはエンボスで加工されている。軽くめくっただけで、1ページ毎のこだわりが強く、半端な製本でないのがよくわかるだろう。

これほど美しい本には、簡単には出会えない。

テキストにエンボス加工がほどこされている
この美しい本は自身の母親の死と向かい合う事で作られた本だ。文学人であった母が死を受け入れた時、意識があるうちに託されたノートブック。前半ではそのノートに記された私的なメモや日記、写真を見ながら考察し、後半では母が亡くなるという事を主観と客観が交わるように考察している。

ページをめくっていくと最後には…
そこは実際に体験してもらいたい。

母の死に対する悲しみと寂しさが溢れ出ている。そのイメージの連鎖に共感し感動するだろう。

駆け抜けるように読み終えると、母の事を思い寂しさや懐かしい気持ちに合わせて、ベンリネス15年が飲みたくなった。

Rachel Moniqueとベンリネス15年

Rachel Moniqueとベンリネス15年

蒸留所にまつわる花と動物がラベルに描かれたシリーズ
ベンリネス15年はUDの「花と動物シリーズ」と呼ばれる物になり、シリーズに共通するところでは、それぞれのラベルに蒸留所の特徴を現した花と動物が描かれ、現在では11種類のボトルがリリースされている。このクラシックなデザインを見かけると、つい飲みたくなってくる。

その中の1本ベンリネス15年はスコットランドの中でも聖地と呼ばれるスペイサイド地方で蒸留されたシングルモルトウイスキー。蜂蜜やメロンの甘い香り、ベンネリス山に流れる水を仕込み水として使われている。大自然の恵みに感謝し、口に含むと、甘さビター感と唐辛子のようなスパイシーさがあり、強くたくましい印象。それでいて、余韻には甘さと苦味が鼻に残っている。

ベンネリスの歴史は200年近くと長く、個性的で確かな味わいを感じられる。派手なプロモーションは無く、万人受けするウイスキーでも無いところがまた良い。このウイスキーは、どこか強さの中に優しさを含んだ母親というイメージに通ずるように感じられた。静かに落ち着いた時を過ごすのには、とても向いている。

黒雷鳥が描かれたベンリネス。シェリー樽由来の赤みがある

ソフィ・カルのアートブックBecause

Becauseの表紙
もう一冊、ソフィ・カルのアートブックBecauseも個性溢れる面白い本である。表紙は見る角度によって色が変わる。赤からゴールドへと変化する。毛立った柔らかい肌触りだ。この本の構成は左面にはBecause…というテキストが。それは彼女がなぜシャッターを切ったかが記されている。

右側のページは袋とじとなっていて、その中からプリントの写真が出てくるという仕組みだ。つまり読者はテキストを読み、情景を想像する。その時にイメージはまだ見えていない。そして袋とじからイメージを取り出すという事である。通常アートを鑑賞するときは作品を見てから作者の意図や背景を知ることが多いはずだが、この本をでは、その体験が逆になる。

右側からどのようなイメージが出てくるかは、お楽しみ

袋から取り出した一枚の写真。写真を見てテキストを読むと印象が変わる
テキストを読み自ら想像しているイメージとは全く異なるイメージが出てくる。それはとても不思議な感覚を体験する事になる。なぜなら同じ言葉から想像するイメージは人それぞれ違うからだ。イメージを見た後に、テキストを見るとまた捉え方が変わるはずである。ネタバレしないようにテキストと写真を同時に掲載していないので、ぜひご自身で味わっていただきたい。

見開きにある作品のステートメントページ
読書をすること自体が、すでにアートを体験しているということになる。まさにアートブックであり、手軽に所有することが出来る現代美術でもある。

現代美術を自宅で楽しみながら、ティーニニック10年を脇に置けば優雅な時間が過ごせるだろう。ティーニニック10年も花と動物シリーズの一本だ。ハイランド地方のウイスキーで、りんごの香りを感じ、口当たりはまろやかで、後にはひかずに、さらりとした印象である。描かれている動物はネズミイルカという日本ではあまり馴染みのない動物だが、1.5mほどの小さいイルカが、蒸留所周辺のクロマティー湾に生息しているとのことだ。

花と動物シリーズは蒸留所のオフィシャルボトルとなる

本もウイスキーも光が当たると明るいゴールド色に光る

ソフィ・カルに揺さぶられ、ティーニニックを嗜む

Becauseとティーニニック10年
ソフィ・カルのアートブックは写真集と違い、テキストを読まないと成り立たない作品である。テキストを短いテキストで、英文もそこまで難しくはないのだが、英語が得意でない私はGoogle翻訳カメラを頼りに読み進めているが、フランス語も翻訳で読み進める事ができるので、非常にありがたい。

他にも彼女のこだわり抜いたアートブックは多くあり、これからも制作されていくであろう。
彼女の作品に触れる事で、その都度に揺さぶられ、さまざまな事を自問自答するであろう。

多くの場合は答えのない問いかと思われるが、問いに気づかせてもらえるのは、現代美術の楽しさである。美術館で鑑賞する以外に触れる機会の少ない現代美術を、1万円以内で手に取る事が出来るようにした事は素晴らしい発明だ。

ぜひ、好きなお酒を飲みながら、自宅でゆっくり現代美術を楽しんでもらいたい。