Vol.140

KOTO

19 JUN 2020

<SERIES>アーティストFILE vol.11 さびしさを慈しむ、庄野紘子

東京都在住。セツ・モードセミナー卒業。ペンで描かれるふわっとした線と描かれない余白で表現される絵が人気で、雑誌や書籍などで活躍している。主な仕事に講談社『群像』、河出書房新社『文藝』、伊多波碧著『リスタート!あのオリンピックからはじまったわたしの一歩』などの装画、マガジンハウス『&Premium』の挿絵がある。「パワー」をテーマにして描き下ろした作品を元に話を聞いた。

あなたの心を灯すパワー

「止まった日」

「パワーと聞いて、最初に頭に浮かんだのは、夏・太陽・ひまわりが思い起こされるような元気な絵でしたが、私の絵はそういう元気な絵ではないので正直困りました」とテーマについて話し始める。

確かに彼女の作品は元気な雰囲気というよりは、色数が少なめのシンプルでクールな印象の絵が多い。彼女のどんなパワーが「止まった日」に込められているのだろうか。

「世界中がコロナ渦で止まってしまっているなか、部屋に花を飾っている人は沢山いるだろうし、今私の目の前にも朱赤のカーネーションがあります。『この絵を見る人の心に、ぽっと火を灯すようなパワーだったら描けるかな』と思い、赤い花を描きました」

この花は、彼女の目の前にある朱赤のカーネーションでもなく、特に何の花でもないそう。では、「火を灯す」の“火”のイメージを兼ねて描いたのかと聞くと、それも違うと言う。その理由を教えてくれた。

「意味を持たせて描くことはせず、『これはこうです』って決めていないんです。よく見ると花の茎も黒いのですが、実際にはそんな花は無いですよね。これはただ『こう描きたい』、『こうした方がかっこいい』という描き方をしているからです。限定してしまうとつまらないし、意味を持たせない方がかっこよくなると思っています」

黒い感情を抱きしめてあげる

かつて経験したことのない混乱に世界中が見舞われるなか、この「パワー」というテーマでどんな絵を描くのだろうと思っていた。 “元気で明るい”という一般的な「パワー」のイメージを持ったまま、背景が墨汁で黒一色に塗られた作品を見た時は意表を突かれたが、「人の心にぽっと火を灯す」と聞けば、その背景にも納得出来る。

「最初は人物が正面を見ていたり、カーテンやライト、本があったり、別の色もいくつか試してみましたが、全て今の気分ではなかったんです。全部捨てて、人と花と好きな色だけにした時に『これです』ってしっくりきました。減らしたことで、不思議な時間を表現できた気がします」

その黒い背景を「描いていないようで描いている、空気のような時間のようなもの」だと言う。そこには彼女の描きたいものが隠れていた。

「私は “さびしさ”を描きたいと思っています。さびしさって魅力的だし、ある種の色気だと思っていて。それにさびしさには、暗闇みたいなイメージもありますよね。だから黄色やピンクではなく、黒を使います」

さびしい時は色々と余計なことを考えて、落ち込んでしまうことも。けれど、その時間を心地良く感じる時もあるそうで、むしろ「必要なことなのだと思います」とさえ彼女は言う。「止まった日」は、いつも自分の感情をしっかりと受け止めてあげるパワーを持つ彼女だからこそ描けた真っ黒な作品なのだ。

釣り合う自分の中の明と暗

自身の性格を「明るくて暗い」と表現する彼女に、なぜ「さびしさ」を描きたいのかを聞いてみた。

「自分の中にあるものしか出てこないと思っているので、自然と描いているんだと思います。なので、明るい絵も描いていますよ。それでバランスが取れています」

さらに彼女が絵を描く時にこだわっていることは、「形や状態が好きなこと」と「感情があること」だそう。明るい絵は、形や状態が好きで描いていることが多いそうで、作品「とうめいの_16」は彼女の中でも特に明るいと言う。

「これは『女性のこの姿形を描きたいな』という気持ちからスタートした絵です。単純に、女性・猫・本という自分が思う可愛いものと好きなものを描いているので、見る人もさびしさは感じないのではないでしょうか。形や状態が好きで描く絵は、なんだか自分の気が楽で、気持ちが明るいように感じます」

「とうめいの_16」

「この二つの作品も同じく、形・状態が好きな絵です。足元だけ切り取った構図とか、服の柄やタイツに赤い靴、全部好きでよく描くモチーフです。「雨」は、上を向いた時の顔から首の形や、雨が好きです。でもこの女性、なんだかさびしそうですよね。どちらも私の気持ちとしては、さびしさはありませんが、見る人は色々と想像して見ることが出来る絵だと思います」

「とうめいの_22」

「雨」

さびしさはポジティブの子ども

もう一方のこだわり、「感情があること」についても教えてもらった。

「今回の作品は、人に会えないさびしい気持ちから生まれた絵なので、まさしく『感情がある絵』です。でも、“自分の感情を絵に込める”というよりは、“絵が感情を発する”みたいな雰囲気にしたいなと思っています。その時の自分の感情を押し付けたりはせずに、『私はこう思いましたが、あなたはどうですか?』って見る人に常に聞きたい気持ちで描いています」

「でも“さびしさ”を描いている時でも、根っこの感情自体はポジティブなんです。見る人が作ってくれた絵のストーリーを聞くのが好きで、みんなキラキラした顔で話してくれるんですよね。その方達を眺めるのが楽しくて、どんな絵を描いている時でも『誰がこの絵を見てくれるのだろう』って考えています。たとえ絵はさびしそうに見えても、描いている私自身はポジティブです」

自身の深い部分について、恥ずかしがりながらも沢山話してくれた彼女。「感情」と「形や状態」で自分の中にある「明るさと暗さ」を整理して、バランスを取る表現方法は、非常に人間味があって彼女らしいと思う。一見ダークでネガティブにも思えるような、“黒”や“さびしさ”などの表現は、絵を見てくれる人を想う、彼女のポジティブな気持ちから生まれていた。

ペンで引き出される魅力

絵を描き始めた頃は、アクリルガッシュを使って絵を描いていたそう。それから色鉛筆に変えると、一枚の絵がデザイナーの目に留まり、現在のペンで描く作風へと変わる。

「二人」

「まだ色鉛筆で描いていた3年位前に、この「二人」という作品が『イラストレーション』のコンペティションに入選したのですが、その時に審査して頂いたあるデザイナーさんから、審査票で『ペンで描いてみて!』とコメントを頂いたんです」
「その後、実際にお会いした時にも再度『ペンで描いてみたら?』と言って頂いて、やっと描き始めました。すぐにペンで描いた絵のファイルを送ったら仕事が来て、そこから一気に変わっていったんです」

他にも審査表には「力強いタッチの画材に変えた作品も見てみたい」という提案もあったそうで、線の柔らかさが色鉛筆の特徴でもあるが、彼女の絵には少し弱かったみたいだ。

「ペンに変えた今も、自分ではまだ弱さが消えていないと思っていて、それが悩みではあります。でも、強くなりすぎない所が自分の良さでもあるなと思っています」

確かに今のペンで描かれた作品には、色鉛筆にはない、きりっとした感じがある。でもそれは強すぎなくて、ふんわりとした優しい空気も一緒に混ざっている。思わず引き込まれる強さと弱さが同居する彼女の絵の雰囲気は、ペンで描くことによって生まれているのだ。

つらくても、泣いても、夢を持ち続ける

色鉛筆からペンに変えたことを転機に、本格的にイラストレーターとして歩み始め、数々の媒体で活躍している彼女。しかし、ここまでの道のりは順風満帆ではなかったそうだ。

「セツ・モードセミナーに在学中の時は、小さな賞を貰ったりして、『私はイラストレーターになれるんだ』と思っていたら全然そんなことはなくて。描いても、描いても上手くならないし、上手な友達と比べられて傷つきもしました。好きなミュージシャンのライブに行って、楽しいことばかりしていましたが、頭の片隅には常にやりたいのにやれていない絵のことがありました」

描くことから逃げる日々が続いていたが、それまで働いていた会社を退職したことをきっかけに、また本腰を入れて絵を描き始めたと言う。

「上手くいかなくてよく泣いていましたが、もう絵の他に何もないって思うくらい、そこからは必死で描きました。辛くても絵が支えてくれましたし、絵を描いていたからこそ出会えた人達が沢山いるので、本当に続けてきてよかったです」

コンペティションになかなか入選出来ず、未来が見えなくて悲しかった時期を描き続けることで乗り越えてきた彼女にこれからについて聞いた。

「今後も装画や表紙、広告などの表に出るような仕事をしていきたいです。ぞっとするほどカッコイイものを作っているデザイナーさんとご一緒したいですし、パッケージの絵も描いてみたいですね。やりたいことは沢山ありますし、夢は尽きないです」

苦しい時間を経てきての今がある。自分の感情から逃げずに、受け止めてきたからこそ描ける「さびしさ」。その「さびしさ」を纏う絵は、誰かの「さびしさ」を癒してくれるかもしれない。なぜなら彼女は常に、見てくれる人を想って絵を描いているから。これからも彼女の中から出てきた、「明るくて暗い」作品を見るのが楽しみでならない。

Information

2021年にSUNNY BOY BOOKSにて個展開催予定。今後の詳しい情報は彼女のSNSをチェック。

SUNNY BOY BOOKS
〒152-0004 東京都目黒区鷹番2-14-15 (東横線学芸大学駅から徒歩約5分)
http://www.sunnyboybooks.jp/


庄野紘子
Official Website: https://shonohiroko.tumblr.com/
Instagram: https://www.instagram.com/shono_illustration/

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