Vol.123

KOTO

21 APR 2020

<SERIES>アーティストFILE vol.9 いつもの毎日を額に飾る、杉山真依子

東京都在住。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。パレットクラブ17期イラストコース修了。「レトロポップでちょっとばか」をテーマにアクリルガッシュとエアブラシで描くイラストが人気。スイーツブランド「now on Cheese♪」メインビジュアル、NTT docomo「15%しか守れないスマホケース」などのアートワークを手掛ける。今回は「パワー」をテーマに描き下ろしてもらった。

スキの盛り合わせ

「パワー」

「パワー」というワードから思いついたものは、自分の中にある目に見えないパワーというよりも物質としてのパワーが強いものだったと言う。彼女にとってその物質たちは、ユニークな発想から生まれたものだった。

「“プリン・ア・ラ・モード”や“ラーメンの全部乗せ”を思い浮かべました。美味しいものどうしをこれでもかと一皿に盛っていくように、好きなものを少しずつ集めた時に生まれるひとつのパワーを絵にしようと思って、自分がテンションの上がるものをいくつか構成して一枚の絵にしました」

左側に立つふわふわした緑色のスカートを履いた、オレンジ色の髪の三つ編みの女の子。昔から三つ編みの女の子が好きだそう。右上にあるカーテンは、彼女がよく描くモチーフで「風通しの良い所は居心地が良くて、洗濯物がよく乾くし、カーテンがひらひらしているのも絵になる」から。

彼女の作品によく登場する猫は、カーテンから尻尾だけを覗かせている。その下には、「見た目も舌もテンションが上がる」と言うお寿司。そしてリボンと、洋服にはプリントされた文字ではよくありがちな「L O V E」とイチゴがひとつ。

「お気に入りの家具を少しずつ並べて自分の居心地の良い部屋を作っていくように、好きなものが集まっているとパワーをもらえます」

アイデアはすぐそこに

「公園」、「スーパー」、「喫茶店」など街角の何気ない日常。
日常の何でもないところから、気になった言葉やモチーフがあれば書き留めてアイデアとして溜めていっているそう。

「例えば薬局でよく見る「一本増量」や「長く効く」といった強い謳い文句のインパクトとか、スーパーだとお弁当用のウインナーに格子の切り込みが入っていて可愛いなとか、「詰め合わせ」って何だかワクワクするなとか。喫茶店や街角では思いもよらない単語が耳に入ってくる事があるので、それがヒントになることもあります」

溜め込んだ言葉を元に何を描くかを考える、アイデア出しの時間と、ラフを描いている時間が制作の中で一番パワーを注ぐ時だそう。

「女の子を一人描いて下さいと言われて、素直に女の子を一人描けばいいのですが、『こんなに真面目に立っていて良いのか?』とか『どこかに一癖入れた方が良いのでは?』と思ってしまいます。例えば‘’普通の女の子‘’と言われると、『普通とは?!』って。いつも何かやりたくなっちゃうので、それを考えている時間はパワーを使いますね」

自分が楽しめる色で

「パワー」に描かれたような彼女の好きなものたちや、些細な日常から探してきた言葉はもちろん、「色彩構成」も制作する中でテンションが上がるひとつの大事なカギだ。

「とにかく色彩構成をすることがすごく好きで、この辺に赤があったらいいなとかこの辺は三色で構成したいなとか、いつも色のことを考えながら描いています」

「オレンジが強めの色だから脇の方に寄せて、三つ編みを覗かせようかな。じゃあ目は上の方にして、お寿司で赤を使ったからリボンはこの色みたいに、色の強弱を見て分量を調整していくイメージですね。可愛いのは好きですけど、可愛くなりすぎないように黒を入れました」と、今回の制作過程について話す。

それぞれが主役級な色でも、色数が多くても、絵の中で決して喧嘩せずに見る人へ彼女らしさをしっかりと伝える「パワー」の色たち。可愛いものが好きだと話す彼女自身も、ほんわかとしたあたたかい空気を纏っており、その発言は本人の雰囲気とぴったり合う。色彩構成について、とても簡単なことのようにのんびりと説明をしてくれる彼女の頭の中には、「可愛い」だけでなく、色彩感覚の鋭さや秀でた構成のセンスが共存しているのだと思う。

冷めたご飯だって特別になる

「どう描くか」より「何を描くか」という思索から生み出される作品たち。そのテーマとなるものは、日常にありふれているけれど、見過ごしがちな瞬間だ。

作品「シチューあるからチンして食べてね」は、よく見られる平凡なシチュエーションだけれど、そこに目を向けて切り取れることが、彼女の人柄の良さや優しさを表しているように思う。

「私は鍵っ子だったので、こういう状況がよくあったことを思い出しました。「チンして食べてね」という言葉のあたたかさと、ちょっとした寂しさが同居する画面にしようと、ポップな色で表情のないものだけを配置しました。過去の思い出のように見せたかったので、写真立てのようなフレームに収めました」

「シチューあるからチンして食べてね」

お茶目な目線で見つけ出した言葉をタイトルに付けたり、言葉自体をそのまま書き込んだりして、見ても読んでも楽しめることが彼女の作品の魅力のひとつでもある。

「君のそういうとこ-春のせいにするとこ」



「この作品は、誰かが言っていた「春だから」という言葉から描きました。眠い時はいつでも眠いし、変な人は年中いると思うのですが、なんとなく皆の共通認識としてあるその言葉が気になって、そのまま絵の中に入れました」

絵の中のルールで遊ぶ

大学卒業後、ファンシー雑貨のデザイナーやエンタメ系のデザイン会社に勤めた。「人間としてはファンシーではないですけど、ファンシーなものに囲まれていたら気持ちがファンシーになってきました」と話す彼女には少し意外な趣味がある。

「5年位前から将棋をやり始めました。プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトが対戦する電王戦を見たことがきっかけで、そこから将棋に関する本を読んだりして、調べていたらどんどんハマっていきました」

詰め将棋のように、パズル的なものの仕組みが分かった時が楽しいと言う。しばらく将棋の話で盛り上がった後、絵と将棋が結びついている部分を聞いてみた。

「将棋に限らずですが、ゲームのようにルールや制限があると、絵を描く上でも面白さを感じます。自分でグリッドを組んで描いたり、使用する図形を限定したり、ある種縛りのようなものを設けて描くことが好きなので、そこは繋がっているのかもしれません」

ルールを決めて描いた作品のひとつが「My Favorite Things-ウールのミトン」だ。
「タテ長の規格に白い雪を均等に配置するというルールを決め、そこから雪の間引き方や白の配分、長方形の画面が活きるような人物の配置をあれこれ試しながら、どうすれば自分の気持ちの良い画面にできるかなと考えながら描いています」

「My Favorite Things-ウールのミトン」

また思い出させてくれる大事な瞬間

ここまで話を聞いてきて、彼女が可愛いものが好きで、現実的な思考を持ちつつも、少しだけファンタジーさを感じさせる不思議な目線を持っていることが分かった。それを知ると彼女の作品を見るのが、ますます面白くなるし楽しくなる。今後は個展に向けて、のんびりと準備を進めていきたいそうだ。

「テーマはいつも通り日常から気になるものを収集して描くと思います。イラストレーターとして長く続けていくのは、すごく大変な事だと思いますし、正直今後どうなっていくか全く分からないので、私は瞬間瞬間を大事に切り取っていきたいなと思っています」

「その当時のことを思い出せるようなものをたくさん残しておいたら、20年後くらいに見返した時に面白いだろうなって思います。例えば自分が幼かった頃に流行った90年代のコギャルとか、今なら「タピオカ」とか。『こういう時あったよね』って懐かしい気持ちになるその時のために、これからもまた色々と作品を溜め込んでいきたいですね」

自身のことを「申し訳なくなるくらいにマイペース」と表現し、おっとりと話をする彼女に制作の裏側を聞くと、可愛らしさの中には将棋好きも活かされた、幾何学的で構成力に優れたスマートさも持ち合わせていた。彼女以外の人だったら気付かずに通り過ぎてしまうような言葉たちも、素敵なアートとして生まれ変われる。20年後、彼女の作品は見る人に、どんな事を思い出させてくれるのか。今後も彼女の活躍から目が離せない。

Information

Official Website : https://msugiyama.tumblr.com/
Instagram: https : //www.instagram.com/sugiyamaiko/

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