Vol.115

KOTO

24 MAR 2020

草木に潜んだ自然の色に出会うとき。Maito Design Worksの草木染めワークショップ

空の青色やゆれる花たちの赤や黄色、若葉の緑に雪の白さ。自然の色は、ふとした瞬間に私たちの目に入り、季節を感じさせ、心に触れていく。古くから人間という生き物は、自然にある様々な色から、ものの識別をするだけではなく、意味合いや感情を受け取って生きてきた。自然の色を衣服にして身にまといたいという思いから様々な色材を発見し、ずっとずっと美しい色を求めてきた生き物なのだ。
卒業論文のテーマにも選んでしまうほど、この世界にあふれる“色”に日々、恋をしている筆者。今回は、かねてから行きたいと思っていたMaito Design Worksの草木染めワークショップを紹介する。染める、という行為を通し、自然から受け取る色の魅力があなたにも届きますように。

桜色に、衣を深く染めて着よう。

「さくらいろに衣はふかくそてきむ 花のちりなむのちのかたみに」

“桜色に、衣を深く染めて着よう。桜の散ってしまったあとも、思い出のよすがとなるように。”

実は恋にまつわるとも言われているこの和歌は、平安の頃に編纂された古今和歌集に掲載されているもの。四季がある日本では、この平安の頃から、日ごとに微妙に移り変わっていく自然の色を鑑賞し、感情を重ねて賛美する価値観が育っていったと言われている。ひとつひとつの色はもちろん、十二単のように着物で色を重ねて、季節の装いを楽しんだり、色とりどりの紙を重ねて時候の手紙を送ったりすることも教養があると考えられていた。

今回私が参加するのは桜染めのワークショップだ。Maito Design Worksでは、月に一度その季節に沿った素材を用いた草木染めのワークショップを開催している。そのことをひょんなことから知った私は、毎月参加のタイミングを見計らっていた。予定が合わなかったり人気で予約がとれなかったりと、行きたい思いはどんどん膨らみ、ついに桜染めのビギナークラスに参加がかなった。

2月中旬、まだ寒さが続く土曜日の朝に、ワクワクとした気持ちで訪れたのは、蔵前にあるMaito Design Worksの実店舗。どんな体験が待っているのだろう。

大通りに面した店舗の外観。

「どの生地にする?」染まる様子を想像しながら楽しく迷う。

「こんにちは」と店内に足を踏み入れる。店先に並ぶ、草木染めでつくられた洋服や靴下にもう心惹かれながら、店舗と一体になった工房でワークショップの受付へ。用意された紺色のエプロンに着替えると、「こちらから好きなストールの生地を選んでくださいね。そちらを今日桜で染めますので」。このワークショップでは、染める生地を好きに選び、普段遣いできるストールとして持ち帰れるのが嬉しいところ。

生地は大きさや種類によって値段が異なり、この中にワークショップ内容が含まれる。
選べる生地には、シルクや綿、麻と様々な素材、大きさのものがあり、風合いもそれぞれ。チェック柄などのパターンが入っているものも。手で触った感じを確かめながら、実際に首元に巻いてみるが、どれも違った魅力があり選ぶのがかなり難しい。同じ回の参加者も、「これもかわいい」「あれは特別な日にいいかも」「どれも素敵でどうしましょう」と言いながら楽しく迷われる方が多数。そんなときには、スタッフから「シルクは色が出やすいですよ」「このチェックは生地の薄いところの透け感が魅力です」と各生地の色の入り方などの特徴を教えていただき、桜色に染まった様子も想像しながら、お気に入りのものを決定。

私が選んだのは手で触ったときの馴染みがしっくりきて、巻いたときにも自分らしさを感じたリネンの大判ストールだ。こうやって自分の肌と心に聞いて生地に向き合うというのも、普段忘れがちな行為だったと気づく。

草木染めを、これからも受け継いでいきたいから。

受講者は十数名。みんな選んだ生地を手にワークショップがスタート。「このワークショップは、少なくなってしまっている草木染めの楽しさや魅力をより多くの方に知っていただき、ぜひ家でみなさんだけでも挑戦していただけるようにという想いではじめました」と、講師を務めるMaito Design Worksの代表 小室真以人(こむろ まいと)さん。

染織を生業とする家系に生まれ、幼い頃から草木で染めるということが身近にあったという。大学では工芸科を専攻し、染めについて学ぶ中で、草木染めが過去のものとして扱われ、大学の教授でさえ知らないことがある事実に直面。草木染めの魅力をこれからも受け継いで行きたいという思いで、草木染めをライフワークにすることを決意。実家の父のもとで6年間の修行を経て、天然繊維を使ったニットブランドのMAITOと、草木染め製品の製造・販売も行うMaito Design Worksを立ち上げた。

「この“草木染め”という言葉、実は昔はなかった言葉なんです」。それは自然のものを用いて染めることが当たり前で、わざわざ表現する必要がなかったから。

合成染料が明治時代初期に日本にやってきて、季節に左右されない、安くて安定した色が出せると、頻繁に使われるようになり、対局となる存在が現れたことから生まれた言葉なのだ。今、世に出回っている衣服や糸・布のほぼ100%が合成染料という事実にも、草木染めがいかに希少な存在になっていることがわかる。

身近にある様々な自然のものが、草木染めの材料に。
「草木染め」というのは、草、花、樹木、根、実や土、石、虫など、自然界にあるものを用いて色を染めること。天然染めや植物染め、Natural dyeなどいろんな呼び方がされている。染めに使う素材は、性質の違いから「染料」と「顔料」に分けられ、簡単に言うと水に溶けるものが「染料」、溶けないものが「顔料」だ。「染料」は今回の桜や茜、玉ねぎなんかもそうで、十二単の染めなど日本本土に主に馴染んできた。「顔料」は藍や介殻虫、土石などで、琉球紅型など日光の強い地域で親しまれてきた。今回の桜染めを経験することで、染料での草木染めが家でもできるようにと、まずは草木染めに適した生地の種類や気をつけるべきポイントなどを丁寧に教えてもらう。

日々、様々な自然のものを使って染めを試しているという小室さん。「この植物がこんな色になるんだ」という発見ばかりだと言う。また季節やその年の気候、土地などで同じ素材でも色の出方が微妙に変わってくるのも、草木染めの魅力のひとつ。毎回「どんな色に出会えるのだろう?」という偶然性も楽しみたい。昔の人たちも、自然の色に恋をして、より美しい色との出会いを求めながら、一から染めを試していったと想像すると、自然から染める、という行為そのものが、一層愛おしいものに思える。

桜らしいピンク色は、花咲く前の枝先から。

草木染めの基本を学んだところで、桜染めについての知識を深める。桜の中にある色素のうち、赤系(ピンク)は全体の1〜2割と希少で、2割取れればラッキーというのに驚いた。そのためもあり、かつて桜だけでは安定してピンク色を表現することが難しく、江戸時代には紅花や茜などで桜色を表現していたらしい。最初の平安時代の和歌に読まれた桜色は、なにで染めて、どんな色をしていたのだろうと気になってしまう。

色素は、夏は幹、秋は枝、冬は枝先と、集中するように移動し、花が咲くとその花びらの色になって出ていく。なので、花が咲く前の枝先が一番多くなっている。ソメイヨシノやヤマザクラでピンク色、八重桜でオレンジ色が出やすいなど品種の違いも重要。桜染めでは、ピンク色を多く含んだ枝を見極める眼と、色を取り出す技が合わさってはじめてきれいな桜色を染めることができる。色は品種、樹齢、季節、部位によってニュアンスが左右されるので、そのときのお楽しみだ。

今回用意されていた、ソメイヨシノの枝先。
この枝からどんな色が表れるのだろうか。写真のような大きさにカットしてから、煮出して、こして、端切れ布で試してみて、という染液の抽出の過程を見せてもらう。

染液を抽出している様子。どの用具も家庭で簡単に手に入るもので代用可能。
同じ枝を何度も煮出していくことで、出てくる色が変わってくる。筆者はもちろん、参加者の皆さんも好奇心一杯の目でその様子を見つめながら、あざやかな色に「わあ、きれい」と声がもれてしまう。このあと生地を染めていくため、「媒染」という、染料と生地を取り持ち色を定着させる金属を加えるのだが、アルミか鉄か金属の種類によってもできあがる色が左右される。様々な要素が絡まり合って色が決まるのだ。色々と試してみたくなってしまう。今回は、このソメイヨシノから抽出されたピンクとオレンジの染液を使う。

抽出された染液。赤みが強いもの、黄みが強いものと微妙に異なる。それぞれピンク、オレンジに近い色が出る。

結んでたたんで色を重ねて。染め具合も自由自在。

選んだ生地の染色準備をしつつ、ここで聞かれるのが、「どう染めたいですか?」の質問。全体をピンク一色に染めてもいいし、まだら模様に染めることも可能。半分ピンク半分オレンジにしたり、生地の色を残したり、濃さでグラデーションを出したりと染め具合も自由自在だ。例えばまだら模様にするときは、ゴムでランダムに絞りをつけたり、ストール自体を結び、見えている部分だけを染まるようにしたり、と染める前に一工夫。ストールを巻いた時の色の出方も思い浮かべながら、私は狭い幅の上下で色の違いを出すことに。この場合はムラなく染めるためにストールを蛇腹に折っていく。

ここまで準備できたら、いよいよ染めの工程へ。ピンクかオレンジの染液に準備した生地をつけ、木の棒でじゃぶじゃぶとよく混ぜながら、生地を休まず動かし続ける。一部色を変えたい場合は色をつけたい部分だけ。つける長さで色の濃さが変わるため、ときどき染まり具合をチェックして、ここだと思ったタイミングで引き出し、水で洗う。

全体を染める人もいれば、結んだ状態で半分だけ染める人も。

私も選んだリネンのストールを、まずは半分ピンク色に。
結んだりたたんでいたものをほどき、外に出る。太陽の光の下で、自分好みの色になっているかをチェックする、ドキドキと心躍る瞬間。ピンクやオレンジがパタパタと太陽の光とそよ風にふかれて、なんともいえない優しい色味が出ている。あの枝から、こんな色が染められるとは。他の皆さんの染めを見ると生地の違いで色の出方も繊細に異なり、それを見て「かわいい色ですね」とおしゃべりするのがまた楽しい。濃くする場合は二度、三度と染めたり、色を重ねたりしながら、理想の色に近づけていくのだが、「もっと色を足そうかしら」「この辺りでストップしておく?」とまたまた迷ってしまう。考えるより、なにより「素敵!」という直感にまかせて、「自分の色」と思ったところで止めておこう。

参加者の皆さんと店の外にでて、染め具合のチェック。
「ぜひおうちでも試してみてくださいね」と最後に小室さんの言葉があり、ワークショップは終了。染め終わった、自分だけのストールを手に、参加者の皆さんの頬もワクワクでほんのり桜色に染まっているようだった。

自然からの色を受け取り、身にまとう。

私のピンクとオレンジで染められたストールは、目に入るだけで春のようなあたたかな気持ちにしてくれるし、身につけると心地よさを感じる。それはきれいな色だから、というだけではなく、ソメイヨシノのあの枝から受け取った色だから、なのだと思う。普段目に見えている色だけではなくて、自然は私たちが思うよりもずっと深く、様々な色を潜ませているのかもしれない。

普段、私たちは特段意識せずに、化学的に作られた色の衣服やファブリックに囲まれているが、その中で、草木染めを通して体験する、昔から変わらない「自然から色をいただく」という行為は、昔の日本人のような、季節ごとの自然を感じ、想いを重ねるという感性を思い出させてくれる。

桜色から春の思い出にふけったり、恋心に重ねてみたり。自然から受け取る色に出会い、身にまといながら、想いも重ねてゆければと思う。

生地の元の色を残しながらピンクとオレンジに染めた私のストール。おでかけのときも明るい気分にしてくれる。
今回は桜染めだったが、他にも茜やクチナシだったり、藍だったりと様々な素材を使った、季節を感じる草木染めのワークショップが開催されている。ぜひ一度この体験をし、自然からの色に出会ってみてほしい。

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今回紹介した草木染めワークショップはこちらから

Maito Design Works

公式HP:https://maitokomuro.com

※基本的に月に一度の募集・定員ありの事前予約制。
※はじめての方はビギナークラスのみ選択可能。