Vol.799

FOOD

13 OCT 2026

秋を味わう、最初のひとくち。すやの栗きんとんが知らせる季節の訪れ

毎年9月1日に販売が始まる「すや」の栗きんとんは、私にとって秋の訪れを知らせる風物詩だ。栗と砂糖だけでつくられる素朴な味わいには、その年の実りや季節の移ろいが映し出されている。今回は、「すや」の栗きんとんを通して、お菓子とともに季節を迎える豊かさについてご紹介したい。

栗の季節とともに始まる、中津川の栗きんとん

布巾で絞る「茶巾絞り」が特徴の栗きんとん
「すや」は、栗の産地として知られる岐阜県中津川に店を構える老舗。中津川駅からほど近い本店は、かつて中山道の宿場町として栄えた中津川宿の面影を残す街並みのなかにある。山地が多く、木曽川へと流れ込む清流に恵まれた中津川には、名産の栗を使った菓子を手がける店が数多くあり、秋になると街には栗菓子が並ぶ。そんな土地で長い歴史を重ねてきたのが「すや」だ。

始まりは江戸時代の元禄年間(1688〜1704年)まで遡り、赤井九蔵が「十八屋」という酢の店を創業したのが始まりとされている。「十八屋」の名は、江戸時代の文人・大田南畝の旅行記「壬戌紀行」にも登場するという。もともとは和菓子店ではなく酢を商う店だったという歴史も、300年以上にわたり中津川の街とともに商いを続けてきた時間の長さを感じさせる。

現在のすや本店は、木を基調とした昔ながらの店構えも印象的だ。暖簾をくぐって季節の菓子を買う姿には、長く続く店ならではの趣がある。栗きんとんだけを単独の商品として見るのではなく、土地の風景や店の佇まいまで含めて、中津川の秋を伝えてきた存在なのだろう。

お客様にも出したくなる上品さが宿る
そもそも中津川は、「栗きんとん発祥の地」として知られる土地。山に囲まれたこの地域では古くから栗が採れ、茹でたり焼いたりして食べるほか、栗をつぶし、茶巾で絞ったものも親しまれてきた。江戸時代には栗料理や栗菓子が中山道を行き交う旅人をもてなし、江戸後期に茶の湯が盛んになると、お茶に合う菓子をつくろうと菓子職人たちが腕を競ったそうだ。現在、中津川を代表する銘菓となっている栗きんとんも、そんな土地の風土と文化のなかで育まれてきた。

歴史を感じさせる風情あるパッケージ
つくりは驚くほどシンプルだ。やわらかくした栗をつぶして砂糖と合わせ、ひとつずつ栗を思わせる形に絞っていく。栗を模したころんとした形は、布巾で包んで絞る「茶巾絞り」によるもの。表面に残る筋まで栗の姿を思わせ、ひと目見ただけで秋の実りを連想させる。

すやの栗きんとんもまた、栗と砂糖というごくシンプルな素材からつくられている。包みをほどくと現れるのは、手のひらに収まるほどの小さな栗きんとん。淡い栗色にはわずかな濃淡があり、茶巾で絞られた表面には指先で形づくられたようなやわらかな表情が残っている。華美な装飾はなく、栗という素材をそのまま菓子にしたような佇まいだ。

手でつまめるサイズがかわいらしい
口に運ぶと、ほろりとほどけたあと、栗の香りと自然な甘みがゆっくりと広がっていく。すべてが均一になめらかなわけではなく、ところどころに残る栗の粒が食感に変化を与えているのもいい。噛むたびに栗そのものを食べているような風味が感じられ、砂糖の甘さよりも、栗が持つほっくりとした甘みが印象に残る。

栗の粒が残っていて、食感を楽しめる
材料が少ないということは、ごまかしがきかないということでもある。クリームや香料、さまざまな素材を重ねて味をつくるのではなく、栗そのもののおいしさを生かしてひとつの菓子にする。だからこそ、栗の香りや食感、その年ならではの味わいが、まっすぐに伝わってくるのだろう。

ケーキのような華やかさや、さまざまな素材を重ねた複雑さがあるわけではない。それでも、ひとつ食べ終えたあとには、不思議なほど満足感がある。余計なものを加えないからこそ、栗そのものを味わう。その潔さが、すやの栗きんとんの魅力なのだと思う。

9月1日を待つ、という楽しみ

旬になると食べたくなる栗
毎日の生活では、気づけば一週間が終わり、ひと月が過ぎていく。そんななか、毎年決まった時期に楽しみにしているものがあると、一年のなかに小さな目印が生まれる。9月1日になったら、すやの栗きんとんを食べる。それは私にとって、秋を迎えるための小さな行事になっている。

栗そのものを食べているかのようなサイズ
旬のものを食べる楽しさは、毎年まったく同じではないことにもある。自然のなかで育つ栗は、気温や雨、日光など、一年の環境によって実りも変わる。だから栗きんとんを食べるときは、「去年と同じ味」を確かめるというより、「今年の栗はどんな味だろう」と思いながら口に運ぶ。栗と砂糖というシンプルな素材でつくられているからこそ、その年の栗の風味を素直に味わえるのも魅力だ。

包装紙で包まれているから、贈答用にも
栗きんとんは、自分で味わうだけでなく、誰かに季節を届ける菓子としてもよく似合う。箱を開ければ、小さな栗の形をした菓子がひとつずつ包まれて並んでいる。その姿には、秋の実りを少しずつ分け合うような楽しさがある。家族や友人への手土産にしたり、「今年も栗きんとんの季節になったね」と言葉を交わしながら一緒に食べたり。ひとつの菓子をきっかけに、季節の訪れを誰かと共有できるのもいい。

手のひらサイズの秋を、いつもの暮らしに

3口ほどだから食べ疲れない
すやの栗きんとんは、とても小さい。手のひらにすっぽり収まる大きさで、お皿やフォークを用意しなくても、ひとつだけ気軽に食べられる。

デスクで、仕事の合間のご褒美に
私は仕事の合間、少し集中力が切れたときに、デスクでひとつ食べるのも好きだ。パソコンを閉じるほどではないけれど、ほんの少し手を止めたい午後。包みを開き、小さな栗きんとんをひと口食べる。栗のやさしい甘さを味わっている数分間だけ、原稿やメールから意識が離れる。コーヒーを飲むのとは、少し違う。お菓子をひとつ食べることが、仕事と仕事の間に小さな余白をつくってくれる。

濃いめに淹れたロイヤルミルクティーと合わせると、口の中でほどけておいしい
時間に余裕のある日は、ロイヤルミルクティーを淹れて、ソファでゆっくり食べたい。濃いめに淹れた紅茶にミルクをたっぷり加え、その隣に栗きんとんをひとつ。和菓子だから日本茶、と決めつけなくてもいい。栗の穏やかな甘さとミルクティーのまろやかさはよく似合い、いつもの午後が少しだけ特別になる。

季節を味わうというと、遠くへ紅葉を見に行ったり、旬の食材をたくさん揃えて料理をしたりすることを想像するかもしれない。けれど、もっと小さくてもいいのだと思う。仕事の合間に食べる、ひとつの栗きんとん。それだけでも、デスクの上やくつろぎの空間に秋はやってくる。

秋の始まりに、今年もひとつ

少し贅沢なおやつとして、毎年選びたい
10月は、不思議な季節だ。暦の上ではすっかり秋になっているのに、日中はまだ暑さが残る日もある。木々が鮮やかに色づくのはもう少し先で、コートを着るには早いけれど、朝夕の空気には少しずつ季節の変化が混じりはじめる。目に見える秋は、まだそこまで多くない。そんな季節の入口で、栗きんとんは秋の気配を確かなものにしてくれる。

包みを開き、栗の形をした小さなお菓子を手に取る。ひと口食べればほろりとほどけ、栗の香りが広がる。それだけで、「ああ、秋が来た」と思う。

季節を楽しむために、特別なことをたくさんする必要はない。毎年決まった時期に販売されるお菓子を待つこと。旬のものを、その季節に味わうこと。そして、それを自分なりの小さな年中行事にしていくこと。そんな習慣があるだけで、一年が少しだけ豊かになる。

今年の秋も、まずは栗きんとんをひとつ。手のひらに収まる小さな秋から、新しい季節を始めてみたい。

すや