和歌山県有田川町といえば日本有数のみかん産地だ。平野部にも小高い丘陵にもみかん畑が広がり、まさにみかんの里、という名前がぴったりのこの町に、シカゴやポートランドなど、クラフトビールの本場の知識と技術を結集させたブリュワリー「NOMCRAFT BREWING」がある。 「みかんの里とビール」という組み合わせはちょっと意外性があるかもしれない。しかし、有田川町だからこそ、幅広いスタイルのユニークな商品が次々登場している。むしろ、「みかんの里とビール」は、必然の出会いにも思える。みかんの里が面白いことになっている、そして、そこのビールは日本中のクラフトビール好きに注目されているらしい。だから、見に行って、実際に飲んで楽しんでみたいと思う!
もと保育所だった建物をポートランドの建築家とコラボしてリノベーションしたブリュワリー
今回ブリュワリー内を案内してくれたのはイギリスから来たギャレスさん。ギャレスさんは主にセールス担当だが醸造補佐を務めることも。ビールはもちろん、イギリスにいた時から大好きなのだとか。
NOMCRAFTが設立された背景には「全米で1番住みたい町」として知られるポートランドに倣った町づくりをしようと集まった、町民によるプロジェクトチーム『Keep Aridagawa Weird(AGW)』の存在がある。メンバーはAGW結成にあたり、実際にポートランドを訪れている。ポートランドにはさまざまな独自文化があるが、そのうちのひとつがクラフトビール造りだ。現地のクラフトビールの味に感動したメンバーは「有田川町でもクラフトビール造りがやれないか」と思い立つ。
折しも、町内には築60年近くになる保育所が新施設に移転するため閉所、その役目を終えていた。「保育所をブリュワリーにしよう」と思いついたAGWのメンバーが大阪で出会ったのが、NOMCRAFTのもとヘッドブリュワー、ポートランド出身のベンさんだった。
ベンさんは英会話講師として来日。アメリカではホームブリューイングを趣味としていて、同じ趣味を持っていた同僚のアダムさんとは神戸で出会った。意気投合した2人は「自分たちの好きなビールを醸造してたくさんの人々に喜んでもらいたい 」という思いを共有。そして、日本でブリュワリーを始めるため、ベンさんはポートランドのブリュワリーで修行し、アダムさんはシカゴでビアソムリエの資格を取得し、日本に戻ってきた。そんなタイミングで、ベンさんと有田川町のAGWが繋がったのだ。
AGWのプロジェクトはベンさんとの出会いで一気に前進。有田川町の水質を検査してみると、非常に条件が良いこともわかった。実は、プロジェクト全体としては用途を失った保育所の活用を優先することを考え、もし水質がビールに向かないとしたら、他の事業を選ぶことも視野に入れていたという。
「水がたまたま、すごく良かったんです。とにかくきれいで、ビール造りの邪魔になる成分がなく、クセがない。ビールの種類によっては水にミネラル分を足す場合もありますが、ここの水はそういったこともやりやすい」とギャレスさんは説明する。
日本で一二を争うみかん産地の水が、NOMCRAFT誕生の決め手となったのだ。
アメリカやイギリスなど、世界各地で学んだ知識が生かされたビール造り
この日のNOMCRAFTは新しい限定品のボトリング作業に追われていた。ガチャン、ブシューという音が規則正しく鳴り響く醸造所はオフィスと直売所と一続きのスペースになっている。そんなか、直売所にはひっきりなしにお客さんが訪れ、新商品をチェックしていくのだった。
NOMCRAFTの商品のほとんどは短期熟成によるエールビールである。ただ、長期熟成で造られるラガービールを造ったこともあり、これからラガーを造る可能性もないことはない。しかし、マイクロブリュワリーでの醸造により適しているのは3週間あれば仕込みから出荷までをこなせるエールなのだ。
さて、ここからはクラフトビール好きの諸氏には周知のことかもしれないが、ビールの製造方法について簡単におさらいをしていきたい。
まず、大麦を発芽させた麦芽を六十五度のお湯に一時間くらい浸すと澱粉が糖分に変化し、麦汁ができる。その麦汁を煮沸タンクに入れ、一度沸騰させるのだが、ここが最初のホップの投入段階だ。ホップの投入段階はいくつかあるが、沸騰前に投入したホップはビールの苦味となる。いっぽう、沸騰が終わってから入れるとホップ本来のイチゴやモモなど、200種類ほどあるとされる味がそのまま残る、というわけだ。
沸騰が終わったら冷却装置で冷やされた麦汁を発酵容器に移す。そして、ここでイースト菌を投入。イースト菌が糖分を食べ発酵が起きると、アルコールと二酸化炭素が生まれる。エールビールの場合、主発酵はだいたい2、3日で終わるが発酵が安定するまで2週間ほどかかるためそのまま発酵タンクに入れておく。そのあとはブライトタンク(貯酒タンク)に移し、しっかりと冷却して不純物を底にまで沈殿させる。そして、ブライトタンクからホースを通り、ビールがボトリングされていく、というわけだ。
NOMCRAFTにはイギリスで醸造を学んだブリュワーもいる。学生時代、ワーキングホリデーで滞在したカナダでホームブリューイングに出会い、醸造家を志すようになったジュンヤさんだ。ジュンヤさんはイギリスで2年間、ビール醸造を学び、帰国後は全国のブリュワリー をめぐり、働き先を探した。しかし、どこかしっくりこない。そんな時にカナダ時代からの知人であるタクミさんに誘われてNOMCRAFTに仲間入りした。
「カナダでホームブリューイングを教えてくれた日本人醸造家が、グルテンフリービールのブリュワリーを立ち上げました。いつかコラボしたいなと思っています」。NOMCRAFTからグルテンフリービールが登場する日が来るかもしれない。
NOMCRAFT のコアとなる3種のビール
NOMCRAFTには3種の柱となるレギュラー商品がある。それぞれの特徴や、フードペアリングのおすすめなどを紹介していこう。
NOMCRAFT IPA
2000年代のポートランドで流行していたIPAを現代風に造ることをコンセプトにしたIPA。アダムさんも「ちょっと前のIPAという感じ。最近のIPAはもっとホップが多いのが主流だから」と説明してくれた。それでも、シトラスやマンゴーなどのフルーティな香りがふんだんにあり、それとともにほんのりと、松のような爽やかな香りもする。また、IBU(International Bitterness Units、国際苦味単位)は60と、苦味もしっかり楽しめる。アダムさん曰く、「1本だけ飲みたいときはこれ!」
NOMCRAFT IPAのすっきりとした苦味は肉の脂を食べやすくしてくれる。チーズバーガーやステーキ、ビーフシチューなど、コッテリ系の肉料理とペアリングするのがおすすめだ。
EBBSESSION
アルコール度数が5%と低めで飲みやすいセッションヘイジーIPA。マンゴーのような甘い、トロピカルフルーツのアロマが鮮やか。クラフトビールビギナーにもおすすめできる飲みやすさがありながら、まろやかで濃い麦の味も楽しめる。
「今人気のスタイルのヘイジーで、これ飲んだらヘイジーにハマるはず」と言うアダムさんおすすめのペアリングは枝豆、ほうれん草、アスパラガスなど。オリーブオイルの香りを効かせた野菜のグリルなども良いだろう。
NOMNOM GOLDEN
もとヘッドブリュワーのベンさんがポートランドで学んできたレシピを参考にして造られたゴールデンエール。アダムさん曰く「ビギナー向けのクラフトビール」で、ゴクゴクと飲みやすい。味は軽めで、ブドウ、特にマスカットのアロマが真っ先に香る。ホップはドイツ産のクラシックなものを使用。
合わせる料理のタイプを選ばないが、和食と合わせるならぜひNOMNOM GOLDENを選んでいただきたい。
次々に生まれる新鮮で刺激的な限定品
NOMCRAFTの醸造日は週に2日で、月に8日の醸造のうち、3日をレギュラー3商品の補充にあてる。そして、残りの5日で毎回1回限りの限定品を醸造するのだ。限定品はボトリングが終わり、ラベルが出来上がって発売日前日にようやく告知される。だから、NOMCRAFTの限定品は発表されたら、あとは早い者勝ちである。これからピックアップする4種の商品も、売り切れ御免!なのだ。
SIDE CAR
バナナや洋梨、ライチなどのユニークなアロマを持つESPE酵母で造られたジューシーペールエール。ベースはライトなペールエールで、酵母とホップのオリジナリティを生かしてジューシーに仕上げられている。酵母由来のアロマは穏やかながら斬新。ホップ由来の柑橘やパイナップルのアロマもほのかにあり、ほどよいモルトの甘味も感じられる。
ペアリングにおすすめなのはパッタイや塩胡椒で味付けした手羽先、フルーツタルトなど。
GREEN MAGIC
限定品は基本毎回1度きりのNOMCRAFTで、見事準レギュラーの座を獲得したヘイジーIPA。NOMCRAFTの歴史の中でも最大級にホップを使用しているほど、とにかくホッピー。シトラ、モザイク、シムコーなど、クラフトビール好きには大人気のホップがギュッと詰め込まれ、桃やパッションフルーツ、シトラスのアロマが楽しめる。
ペアリングにおすすめなのは帆立バター、グリルしたエリンギ、ミントアイスなど。
MAGIC LAMP
白麹を使用したすっきりとしたサワービール。甘酒に感じられるシトラスや花のアロマが醸し出されている。シングルホップでシトラをドライホッピング(発酵終了後にホップを投入すること)により、フルーティなフレーバーをブースト。ライチや洋梨のアロマも楽しめる。白麹のクエン酸由来の酸味は強すぎずさっぱりとしていて、清涼感が欲しい時にぴったりのサワーだ。
ペアリングにおすすめなのはイカの姿焼きや軍艦巻きなどの寿司、アクアパッツァなど。
フルーツサワーは商品として一般的だが、白麹を使ったサワーは貴重な存在だ。MAGIC LAMPは実は、NOMCRAFTが2度目の挑戦で成功を果たした白麹サワーである。1度目は仕込みの初期の段階で醸造中止の判断をとったが、今回は見事成功。微生物の働きを利用して造るビールは時に、造り手にも予想のつかないような仕上がりになることもあるのだ。「今までなかったようなことが起きて、ビールは生きてるなとたまに思う」とアダムさんも語る。
BUBBLE PARTY
アダムさんが「ケルシュ酵母がホップのアロマを加速させることがわかったからどうしても挑戦したかった」という現代的なホッピーケルシュ。モルトと同じタイミングでホップを加える「マッシュホップ」により、ホップをよりジューシーに味わえるように造られている。シトラやサーズのクラシックなホップのフレーバーに加え、ネルソンとアイダホセブンの今時なアロマがほのかに楽しめるだろう。
ペアリングにおすすめなのはブルスケッタやポモドーロなどのトマトを使ったイタリアンやガーリックシュリンプなど。
「何度も同じものは造りたくない」という精神
ヘッドブリュワーのアダムさんが醸造においてフォーカスしていることはできるだけフルーティなホップの味を出すこと。また、いろいろな酵母をどんどんためしていきたいとも考えている。何度も同じものは造りたくない、という精神なのだ。だから、まったく同じレシピの限定品を造ることはほとんどない。
ギャレスさんに「これまでの限定品の中で特に印象に残っているものを教えてください」と質問すると、「これ個人的に好きやった」と紹介してくれたのが『DAIMAO』だ。
「とにかくモルティ(麦芽の味が強め)で、ホップもしっかりしていて、甘さもあってほんまジューシー。このジューシーさは飲んでもらわないとなかなか伝わらないけど。モルティでジューシーって言うのは、イギリスでも日本でもなかなかなくて、斬新な商品だと思う」....うーん、飲んでみたかった。
もうひとつ、ギャレスさんがあげてくれたのは『THE BARON』である。
「BARONは珍しかった。日本ではあんまり流行っていない赤みがかった、アンバーエールっていう種類。僕は昔からそっち系が好きです」。
クラフトビールの世界の面白さをNOMCRAFTで再確認
「アメリカのクラフトビールの始まりはホームブリューイング。30年前くらいにアメリカでクラフトビールが流行りだしたのは、サンフランシスコの『シエラ・ネバダ 』とかのブリュワリーができたのがきっかけだね」とアダムさんは語る。大手ビールメーカーが造らない変わったものが飲める、ということで、ホームブリューイングの延長で始めたようなマイクロブリュワリーのファンがどんどん増え、ブームが生まれたのだ。
日本の場合は現在、クラフトビールの一次ブームは去り、新たなブームが今度はきちんとした根を張りつつある時代、と言えるだろう。ある意味、非常に面白い時代を私たちは享受できているのかもしれない。
日本の、そして、世界のクラフトビールのトレンドを体現しているようなNOMCRAFTの商品展開をチェックしていけば、きっとさまざまなクラフトビールの楽しみ方を発見できるはず。NOMCRAFTのビールをきっかけに、ぜひクラフトビールの世界の扉を開け、あなたの生活に新しい喜びを迎え入れてほしい。
NOMCRAFT BREWING
CURATION BY
ライター。本州最南端の小さな町で田舎暮らしの拠点ハウス「田並保養所 ありてい」を運営。小さく暮らして大きく伸びがしたいんです。