Vol.346

FOOD

10 JUN 2022

スパイスの新しい扉を開く。カレーのサブスク「AIR SPICE|エアスパイス」

おなじみの市販のルーを使った家庭的なカレーもいいけれど、おうち時間がたっぷりあるときにはスパイスカレーをおすすめしたい。ひと手間かける充実感や、スパイスの香りが、心を整えてくれる。とはいえ、作るレパートリーはいつも決まってしまっているし、買ったはいいが持て余しているスパイスもある。そんなとき、スパイスカレーのサブスク「AIR SPICE」が新しい世界と価値観へと誘ってくれた。

レシピ付きスパイスセットが届く「AIR SPICE」

スパイスカレーに使うスパイス基本は、ターメリック・カイエンペッパー・コリアンダーまたはクミンとされている。しかし、ちょっとした配合の違いでまったく違う味になってしまうし、レシピによってはもっと多くの種類が必要になるものもある。

そんなわけで我が家には一度しか使っていないスパイスがいくつもあるし、湿気らないように保存をする方法や保管場所などの管理に頭を悩ませている。同様の悩みを持っている人や、ハードルを感じている人も少なくないはずだ。

「AIR SPICE」は、毎月レシピ付きのスパイスセットが届くサブスクリプションサービス(サブスク)。プロデュースしているのは、20年以上出張料理集団「東京カリ~番長」名義で全国各地で活動し、カレーやスパイスに関する著書を60冊以上手がけている水野仁輔さん。スパイスを求めて、世界中を旅しているカレー研究家でもある。

水野さん(写真一番右)がインドを訪れたときの様子

単品(1回分1袋)980円(税込み・配送手数料込み)3カ月コース2,940円(税込み・配送手数料込み)〜。
1回分で4皿分つくれる。在庫があればバックナンバーも購入可。セットになっているスパイスは、配合も書かれているのでレシピの再現も可能だ。

レシピに必要なスパイスの種類や分量が、必要な分だけあらかじめミックスされているだけでなく、水野さんによるスパイスについての解説や、レシピに使う食材が料理においてどんな役割を果たすのかが紐解かれている。

スパイスは“旅”。ちょっとした好奇心で新しい世界を見せてくれる

そんな水野さんの著書で、好きな一節がある。
「冒険するほどの覚悟は要らないし、失敗する恐れもない。でも、そこには非日常があって、多くの刺激やインプットを手にすることができる」「スパイスを使うことって旅するのと同じくらいの感覚なんだ。気軽にできるのに、新鮮な美味しさに出会えるのだから」
via 『水野仁輔のスパイスレッスン』(中央公論新社)より
料理におけるスパイスの役割は、「香りづけ」「色みづけ」「辛味づけ」と言われていて、スパイスごとに個性がある。特に“香り”は、素材や料理の表情やおいしさを引き立てる重要な要素。例えば、肉料理の味の決め手といえば塩コショウだが、コショウとひと言で言っても、ブラックペッパーではなくホワイトペッパーやピンクペッパーなど、肉の種類によっても相性のいいものは違うし、塩だって、産地や旨味、粗さで料理の表情はまったく異なってくる。それに、個人によって好みもそれぞれ。

計10種類前後のスパイスをインドから空輸で仕入れていて、レシピに使う分量が包装されている

2022年に届くカレー一覧。それぞれに、スパイスのほか、ステッカー、スパイスにまつわる話やカレーのテクニック、インドの旅の出来事などが綴られた水野さんのエッセイが付いている
「(スパイスを)何をどう使うかに悩みそうだったら、自分の気分にまかせて選べばいい。レシピを読んで作るとき、『これがない』なら『あれを使えばいいか』と気楽に構えればいい。好きな組み合わせを見つけたら、何度でも繰り返せばいい」
via 水野仁輔のスパイスレッスン』(中央公論新社)
一度スパイスごとの特徴と基本の使い方を知れば、おいしさ探求の“旅”は無限に広がっていくのだ。

だが上記の考え方は、何かの道を極める行程「守破離」、つまり基本を忠実に守る「守」、自分のスタイルを模索する「破」、道を極めて自分のスタイルを確立する「離」でいう「破」だ。スパイスカレービギナーにまず必要なのは、スパイスを知り、使えるようになる「守」。

「AIR SPICE」は、ただおいしいカレーをつくれるということ以上に、「“スパイス道”を知るための入門」だ。

香ばしさとスパイスの香りが食欲をそそる「ガーリックキーマカレー」をつくる

低気圧のせいか昼時でも眠気を感じる曇りの休日、ガツンとしたスパイスの香りが欲しくて、「驚くほどの香味が食欲をそそる」と書かれていた「ガーリックキーマカレー」をつくることにした。

2022年4月「ガーリックキーマカレー」(vol.73)

【材料】(3〜4皿分)

・玉ねぎ(くし形切り)200g
・しょうが(千切り)大1片(15g)
・水A 200ml
・植物油 大さじ3
■ホールスパイス 1袋
※内容:コリアンダーシード大さじ1、クミンシード、セロリシード、キャラウェイシード 各小さじ1/2、アジョワンシード小さじ1/4
・鶏もも挽き肉 360g
■パウダースパイス 1袋
※内容:コリアンダー大さじ1、パプリカ小さじ2、ガーリック小さじ1強、ターメリック小さじ1、タイム小さじ1/4
・塩小さじ1強
・水B 200ml
・じゃがいも(2cm角切り)300g
・パセリ(みじん切り)小2枝(15g)

シンプルな材料で作れるのもいい
まず、鍋にくし切りにした玉ねぎと千切りにしたしょうがを入れて煮て、油とホールスパイスを加えて混ぜ合わせながら炒める。コリアンダーやクミン、セロリなどのスパイスの香りがふわっと香り、ちょっと幸せな気持ちになる。

目安は、焦げやすい千切りのショウガが焦げ茶色になるタイミング
炒めながら、付属の水野さんのエッセイを思い出す。いわく、「炒めるときに強火でこんがりさせつつも焦がしはしない、というギリギリのライン」がこのカレーの特徴である「香ばしさ」の肝らしい。

そのタイミングを、釣りや歴史的逸話における「タイミングの大切さ」になぞらえているのがおもしろい。ウキの状態に集中するがごとく、釣りの名手であり古代中国・周の文王に使えた軍師でもある太公望がたまたま通りかかった文王と語らったことをきっかけに重用された逸話のごとく、玉ねぎに強火で火を入れつつも焦がさないタイミングを見極めるのだ。

焦げやすい千切りしょうが焦げ茶色になり、香りが立ってきた。その瞬間を狙って鶏ももの挽き肉を加えて加熱の進行を止める。少ししょうがが焦げてしまったが、多少焦げてもOKだそう。あくまで「自分のなかで『どの焦げまでがおいしく味わえるのか』を見極めるゲーム」感覚で、できあがったカレーの味わいがどうなるのかを体験することが大事らしい。

パウダースパイスを入れると、はじめのホールスパイスとはまた異なる香りが立ってきた。思わず香りを胸いっぱいに吸い込む
全体に火が通るまで炒めて、パウダースパイスと塩を加えて混ぜ合わせる。はじめに入れたスパイスとはまた違った香りが漂う。パウダースパイスに入っているガーリックの香りで期待感が高まる。水を加えて煮立て、さらにじゃがいもとパセリを加えて煮詰める。

パセリの風味もアクセントに。好みで量を増やしても
さあ完成だ。

炒めた玉ねぎやしょうが、にんにくの香ばしさと肉の旨味にパセリの独特の風味がアクセントに。パウダースパイスをまとったホクホクのじゃがいもの味わい、コリアンダーシードやクミンシードなどのホールスパイスのガリガリとした食感と噛むたびに弾けるフレッシュな香りが楽しい。これはご飯がすすむ。

ガーリックキーマカレー
この1皿で、スパイスのすべてを理解することはできない(舌に自信のある人なら可能かもしれないが)。ただ、使った結果、どんな味わいになるのかを知ることができる。あまりカレーのレシピでは目にしないキャラウェイシードはどんな風味を演出しているのか、コリアンダーはシード(丸ごと)とパウダーでどんな違いがあるのか。この教科書の「お手本」をもとに、スパイスの引き算、あるいは足し算をすることでどんな味わいに変わるのか、試してみるのも楽しそう。ここを起点に、スパイスの世界が広がっていきそうだ。

【作り方】

1、鍋に玉ねぎとしょうが、水Aを入れて蓋をし、強火で6〜7分ほど煮る。ふたを開けて強火のまま2〜3分ほど水分を飛ばす。
2、油とホールスパイスを加えて混ぜ合わせ、きつね色になるまで炒める。
3、ひき肉を加えて全体に火が通るまで炒める。
4、火を弱めてパウダースパイスと塩を加えて混ぜ合わせ、さっと炒める。
5、水Bを加えて煮立て、じゃがいもとパセリを加えて蓋をして15分ほど煮る。蓋を開けてかき混ぜながら全体がしっとりするまで煮詰める。

カレーの常識や定義を問い直す2つのレシピ

ほかにもバックナンバーで購入した「チキンハーブカレー」(2021年7月 vol.64)と「マリネポークカレー」(2021年2月 vol.59)を紹介したい。この2つには、カレーの当たり前だと思っていたことを覆される、新鮮な体験があった。

まず、スパイスではなくハーブを中心に使った「チキンハーブカレー」(2021年7月 vol.64)。

シナモンリーフ、コリアンダーパウダー、フェヌグリークリーフパウダー、カレーリーフパウダーなど、乾燥ハーブふんだんに使われている
水野さんは、「植物のとある部分を採取し、場合によっては加工することによって料理を香り豊かに彩る存在がスパイス。なかでも葉の部分を指すときに用いられる言葉がハーブ」と定義しているのだが、多くの人はカレーの主役はスパイスだと思うだろう。

スパイスの香りがないカレーなんて...と思っていたが、出来上がったカレーは想像以上に複雑かつ豊かな香りで驚いた。実はタイカレーはハーブが味の決め手らしく、どことなくグリーンカレーを思わせるまろやかさを感じることに納得してしまった。

「チキンハーブカレー」
「マリネポークカレー」(2021年2月 vol.59)は、ジャマイカで親しまれている”カリーゴート”という、ヤギ肉のカレーをアレンジしたものとか。

スパイスは、コリアンダーシード、セロリシード、ブラウンマスタードシード、フェヌグリークシード、ガラムマサラ、ターメリックなどをミックス
骨つき豚バラ肉を長ネギと梅酒でマリネするのだが、エッセイ「コンクルージョンの留保」での考察が興味深い。マリネする時間の正解は何か。レシピにはひと晩〜丸1日と書かれているが、水野さんが取材したタンドリーチキン発祥と呼ばれるインド・オールドデリーの店『モティ・マハール』のシェフは「48時間がベスト」と言っていたのだとか。実は水野さんもまだ結論は出ていないという。

筆者は丸一日置いてみたが、時間によって味わいがどう変わるのか試してみるのもおもしろそうだ。

「マリネポークカレー」
カレーは、香ばしさと甘酸っぱさ、かみごたえがある肉の旨味が絶妙な一品に仕上がった。

それぞれのレシピごとに、あたらしいスパイスカレーの発見があるのが新鮮な体験だ。なんとなくレシピ通りに作らなければいけないという思い込みがあったが、水野さんは「スパイスには正解がなく、結局は好みの問題」と言う。つまり「AIR SPICE」も、あくまで一例にすぎないということ。いろんなレシピを通じて、スパイスに慣れ、特徴を知っていくことで、どんどんスパイスの世界が広がっていく予感がした。

AIR SPICE|エアスパイス