佐賀県嬉野市にある工房で作られたチーズが今、サスティナブルなフードとして注目を集めている。そのチーズはキャラメルのように濃厚で甘い「ブラウンチーズ」と呼ばれるもので、ホエイなどをじっくり煮詰めて塊にした北欧で親しまれているチーズだという。そんな日本ではまだ馴染みのないこのチーズをなぜ作ることになったのか、サスティナブルな取り組みとは? 日本生まれの「ブラウンチーズ」の魅力を紹介する。
甘くて濃厚なノルウェーの国民食。ブラウンチーズとは?
「ブラウンチーズ」は、その名の通り、褐色をした固形の甘いチーズ。チーズという名前が付いているが、厳密に言うと発酵などをしていないので、発酵食品であるチーズとはまた別の食べ物だ。乳に含まれるホエイ(乳清)を煮詰めて生クリームやミルクを加えて固めたチーズのことを差す。
ノルウェーではイエトォスト(イエト=山羊、オスト=チーズ)と呼ばれるように、現地では山羊のミルクを使ったものが一般的。山羊乳と牛乳を混乳して作ったものや牛乳だけのものなどさまざまな種類があり、これを薄くスライスし穀物パンなどの上にのせて食べるのがノルウェーの朝食の定番となっている。甘くて塩気や酸味もあり、その味わいや見た目からキャラメルチーズとも呼ばれている。
実は日本でもこれに似た乳を煮詰めて固めた、チーズのような食べ物が作られていた歴史がある。中国から伝わり、飛鳥時代から平安時代まで作られていたという「蘇」という食べ物で、牛乳を煮詰めて作った献上品であったという文献が残っている。高貴な人々しか食べられない贅沢品だったようだ。
ブラウンチーズを日本で初めて製造したナカシマファーム
そんな日本と北欧の不思議な共通項があるチーズを再現したのが今回紹介する、ナカシマファームだ。もともと佐賀県嬉野市で代々酪農を営んでいたが、三代目である中島大貴さんが2012年に自家のミルクを使ったチーズ作りをはじめた。現在、モッツァレラやストリングチーズなどさまざまなチーズを生産していて、地元の人はもちろんレストランなどからも高い評判を集めている。
さらにナカシマファームでは、牛たちの世話はもちろん、その餌となる牧草作りも手掛けている。モミをあまりつけない飼料稲や大麦を植え、牛たちの餌として育てているのだ。
牛が稲草を食べ、その糞などを堆肥としてまた水田に返し、稲を育てる…という循環型の酪農が生まれているのだ。飼料稲を育てることには、水田が広がる日本の原風景を後の世代にも残していきたいという思いも込められている。
そうして作られたチーズは、その土地の魅力をそのまま映し出した、ここにしかない味となる。
ナカシマファームのブラウンチーズ作り
さまざまなチーズを作っていたナカシマファームだったが、チーズ作りのときに生乳からホエイというタンパク質や糖分を含んだ液体が大量に排出され、やむなく捨てていた。これはどのチーズ工房でも抱える問題だ。この液体をなんとか無駄にせず、活用することはできないかと思いたどり着いたのがホエイを使って作るブラウンチーズだった。
製法は独学で作り上げたものだが、ノルウェーのブラウンチーズの製法はもちろん、古代の日本で作られていた乳そのものを長時間煮詰めて塊にする「蘇」の製法も参考にしたという。ホエイのほか生乳も加え攪拌しながら銅釜でゆっくり煮詰めていくという、とても手間のかかるものだ。
最初は白い液体だったものが煮詰めることでホエイや乳に含まれる糖分やアミノ酸がメイラード反応を起こし、キャラメルのような褐色に。特にホエイは糖分を多く含んでいるので、加熱して凝縮させると砂糖を入れていないのになんとも優しい甘味が生まれるのだ。焦がさないように常に攪拌し、じっくりと火を入れること6時間。固まってきたら型にいれて冷やし、分量ごとに切り出せば完成だ。
2018年に製品化することができたこのブラウンチーズは、チーズのプロたちが選ぶ国産チーズのコンテスト「JapanCheeseAward2018」で金賞・部門最優秀賞を受賞したほか、2019年10月にイタリアで開催された「WorldCheeseAwards2019」で銅賞を獲得。サスティナブルなフードであるのはもちろん、その味でも高い評価を受ける品となった。
おやつや栄養補給に。「ブラウンチーズ」の楽しみ方
いわば余剰品から作られたチーズだが、その味わいは濃厚で滋味豊か。食べてみるとノルウェーのものよりも甘みが優しく、素朴で自然な味わいだ。いろいろな食べ方で楽しめるチーズなので、ぜひおやつや食事に取り入れてみて欲しい。タンパク質やカルシウムなど乳の栄養価が凝縮されており、特にホエイに含まれるタンパク質は消化吸収が良いので、運動後にひとくち食べるのもおすすめだ。
ペアリングについて中島さんにおうかがいしたところ、飲み物はコーヒーと合わせてみてほしいとのこと。口の中でコーヒーと一緒に溶かすように味わうと、コーヒー牛乳のような、まろやかで優しい味が口いっぱいに広がっていくという。
コーヒーも焙煎によりメイラード反応が生じ、あのコーヒー色が生まれるので、同じような風味を感じるのかもしれない。その香ばしい味わいは、きな粉や、はったい粉とも通じると感じたので、日本茶、例えば薄茶などと合わせても、ほっと寛ぐペアリングになりそうだ。
ねっとりとした食感のチーズだが、薄くスライスするとパンとの相性が良くなるのでサンドイッチのアクセントにしてもいい。ノルウェーではコケモモジャムなどベリーのジャムとオープンサンドにしたり、焼き立てのワッフルに掛けるのが定番なのでそれを真似すれば間違いない組み合わせに。
カリカリのベーコンと、焼いてとろとろにしたバナナとはさんでサンドにすれば、いろいろな甘味塩気旨味が重なり楽しい一品になる。ほかにもマフィンやクッキーなどのお菓子に使ったり、生クリームやフォンと溶かして肉料理のソースにしてみても面白そうだ。
これからの食や酪農を見つめる、サスティナブルなチーズ
フードロスや農業の高齢化、環境問題など、さまざまな課題に取り組んでいる地方の酪農家を応援することができる、小さなチーズ。お取り寄せしたチーズの箱にはかわいい仔牛の写真も添えられていた。牛たちの恵みをいただいていることに思いを馳せながら、人の知恵と自然が作り上げたその深い味わいをじっくり、ゆっくり楽しんでみて欲しい。
ナカシマファーム
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。