キッチン用品は機能性だけでなく、オブジェとして美しいアイテムを選ぶと毎日が楽しくなる。見た目が美しく機能性が高いのは必須で、できれば何通りにも使いまわせる万能さも備えていて欲しい。使い込むほど味わいが出てくれたりするとさらに嬉しい。誰でも1枚は持っているベーシックなキッチン用品であるまな板は、料理好きなら包丁とともにぜひこだわりたいアイテムだ。素材を変えるとさらに使い道が広がっていく。シンプルだけど奥の深い木製カッティングボードの魅力を紹介したい。
一枚の板との出会い
引っ越しを重ねるうち、ちょうどいい量の持ち物というのを意識するようになった。掃除や片付けにかける時間が減り、「あれはどこにいったっけ?」と探しものをする時間がゼロに近づいていく。住環境を快適にキープできるのが実感できる。厳選して持つようにすると自分にとって大切なものがだんだん見えてくる。心はミニマリストだ。
とはいえスーツケース1つに全所有物が収まるほど身軽にもストイックにもなれない。そんなノマド的ライフスタイルに憧れはあるけれど、旅行の時だけの楽しみにしている。普段の生活ではスーツケースに入りきらないほど大切なものがあるからだ。
必要最低限にこだわる人をミニマリストと呼ぶことが多いけれど、単にモノを減らして身軽になるだけではつまらない。そこから生まれる空間・お金・時間を、やりたいことや欲しいものにしっかり投入してオリジナルな人生を楽しむのが新しい時代のミニマリストではないかと思っている。つまりLess Is Moreを地でいく生活。ある意味でミニマルを追求することでマキシマムな楽しみを手に入れるライフスタイルだ。
数年前にうちに木のまな板がやってきた。旅好きな友人が選んでくれたクロアチア土産のオリーブ材のカッティングボードだ。地中海の絶景リゾート「アドリア海の宝石」として知られる城塞都市ドブロヴニクのあるクロアチアでは、オリーブの実やオリーブ材を使ったお土産がたくさん見つかる。手に取った瞬間から規格品にはないフォルムの美しさやなめらかな質感に魅了されたものの、うまく使いこなせずしばらくキッチンの飾りとなっていた。
そんな時、公園で剪定された木を集めてスプーンや皿を作っている人物に出会った。ちょっと話しかけたつもりが、木を削る手を休めることなく語り出したその人の話にグイグイ引き込まれ、彼のあふれんばかりの木への愛情に心を動かされた。
その時の経験も、土産物のカッティングボードを見直すきっかけになったと思う。オリーブの木は聖書やギリシャ神話のエピソードにもよく登場し、ヨーロッパでは平和や安定のシンボルになっている。とくに地中海地方に暮らす人にとっては土地とのつながりを象徴し、食料であり木材にもなるという日常生活に根付いた樹木であるらしい。
ミニマルを心がけた生活を送っていると、自然といらないものが減ってくる。すると「ハレとケ」の間隔、特別と日常のギャップが狭まってくる。つまりいいものを普段使いするようになっていき、毎日がちょっと底上げされてくるのだ。良いものだからと大切にしすぎて結局使わないままでいるより、日常的に使ってその良さを存分に味わおうという気持ちに変わっていく。これは服や仕事道具まで、生活全般にあてはまることだ。
このボードとしっかりつき合ってみよう。もてなすべきはまず自分だし毎日が特別なんだから…と使い始めたボードはかなり優秀だった。
無機質さを感じないミニマルデザイン
まな板を横文字にしたもの=カッティングボードだと思っていたが、調べてみると材質が違っている。食材を細かく切ることが多い日本では、包丁の衝撃を軽減してくれる柔らかい木材が好まれる。いっぽう食卓でナイフとフォークを使う欧米では包丁の出番が少ないうえ、パン食文化のため刃のギザギザしたブレッドナイフを使っても表面が傷つきにくい硬めの木材が主流となってくる。上でものを切るという用途はどちらも同じなのだけれど、食文化の違いで素材が変わる。チーズボードやトレイとしてキッチンから食卓に移動できるよう、ハンドルがついているカッティングボードも多い。
手にとったカッティングボードは密度が高くて見た目より重みがある。適度に油を含んでいるので水がしみ込みにくく水はけもいい。マーブルのような不均一な年輪に味がある。日本でまな板に使われているヒバ材などと同じで天然の抗菌作用があり、地中海沿岸でキッチン用品に使われてきたのはそんな理由もあるのだという。抗菌加工されたプラスチックのまな板もたしかに便利だけど、木製と比べると機能性一辺倒でちょっと味気ない感じがしてくる。
キッチン用品&テーブルウェアとしての包容力も優秀だ。上でものを切るだけでなはなく、そのまま食材を盛ってテーブルに出し、使わない時はインテリアとして飾っておける。使い方として正しいのかは分からないけれど、うちでは鍋敷きとしても活躍してくれている。
まな板というよりも「包丁を使っても大丈夫な皿」に近いだろう。プラスチックのまな板をそのままテーブルに出すと手抜き感が出るが、素材がオリーブ材に代わるだけで何となくセンスがよく見える。シンプルな形だけれど木の温もりがバランスを取って、無機質さを感じさせない。
「手入れが面倒かも」というのも杞憂だった。濡らしっぱなしにしないこと以外には特に注意点なし。使ううちに少し白っぽく乾いてきたらハンドクリームでも塗るようにサラダ油やオリーブオイルを手で擦り込んでおくといい。こうしておくと少しずつ風合いが増して深い色に育っていく。包丁でついた傷も道具としての年季や貫禄を感じさせる。こういうのも木ならではの良さだ。
箱庭に見立てて並べてみる
木のカッティングボードを使ってみるなら「上で食材を切り、そのまま食べる」というおつまみボードにするのが始めやすい。チーズをのせるだけ、パンとディップを置くだけでも木の質感と存在感でサマになってくれる。
皿だと思えばさらに使い道が増えていく。たとえば朝食にトーストとコーヒーをのせる。デザートやクッキー、フルーツをのせる。食卓でパンを切る皿にする。使っていない時はキッチンに飾ったり植物やフルーツを置いて卓上に置きっぱなしでもいい。いろいろ盛り合わせるより、少し間隔をあけてシンプルに配置した方がボードの良さが際立つ気がする。小難しく考える必要はないけれど、ボードを箱庭に見立て、いろいろ盛りつけるのもジオラマ的楽しみが生まれて面白い。
もし日本で上質なオリーブボードを見つけたいなら、スペインの強い日差しを浴びて育ったオリーブ材を使った「エルアルテ デル オリヴォ(Elarte delOlivo)」が魅力的だ。
オリーブらしい無骨な表情を上手く生かしたボードが存在感を放ち、それぞれ個性的な表情の中から自分だけの一枚を選ぶ楽しみがある。
小振りのオリーブボードを日々使うようになったいま、大皿がわりにラージサイズを手に入れ豪快に肉料理をふるまいたいというのがひそかな野望だ。
食とクリエイティブを暮らしに投影する
料理の腕も磨きたいところだけど「食材や調理はシンプル、器と想像力で遊ぶ」というスタイルもありだろう。一つの道具の使い道をめぐって、好奇心と創造力を刺激するのはささやかだけれど心弾む時間だ。道具を増やしすぎてキッチンが占領されてしまうこともないので、スペースもミニマルに保つことができる。
「減らすより、何を使うかを厳選する」をモットーに、家時間の楽しみを増やしていきたい。
そろそろワインをあけて、おつまみを並べよう。
エルアルテ デル オリヴォ(Elarte delOlivo)
CURATION BY
タイ経由で英国に漂着。ロンドンと北ウェールズを行き来しつつ写真アートを制作中。