Vol.99

KOTO

28 JAN 2020

<SERIES> アーティストFILE vol.6 タイミングも波も向こうからやってくる、 Isao Aoyama

1968年東京生まれ。税理士事務所で働きながら、2016年よりイラストを学び始める。現在はイラストレーション青山塾20~22期在籍中。好きな音楽や風景から感じたものを描く、海や海外の風景などの自由でゆったりとした雰囲気の絵が人気を博している。今回は「パワー」をテーマに制作を依頼した。

毎年行く、あのフェス

「Field of Heaven」
「テーマを聞いて思い浮かんだのは、’’ロックフェスティバル’’と’’海’’のふたつでした。どちらも僕にすごくパワー与えてくれるものです。今までは比較的、海の絵を多く描いていたので、今回は音楽に関する絵にしようと思いました。音楽の何を描こうかと考え始めた時に、今までたくさんのライブを見てきた中で一番好きなのが野外のロックフェスティバルだなと思い、十数年前から毎年行っているフジロックにしました」

見たいミュージシャンがなかなか単独で来日しなくなってしまった時に、フジロックに出演が決まったことがフジロックへ行くきっかけに。初めての年は1日だけだったが、その魅力にハマり、翌年からはほぼ毎年3日間参戦しているそうだ。

タイトルにもなっている「Field of Heaven」は、約5000人を収容できる木々に囲まれたステージで、オーガニック製品やヒッピースタイルの洋服の出店などで賑わう。いくつかあるステージの中でも一番自由な雰囲気で独特の空気に包まれており、フジロッカーの間でも大人気だ。
「特にこのステージは、70年代ウッドストックのフェスティバルに通じるヒッピームーブメントのような開放的な空気が流れているので、自分も開放的な気分になって音楽がより全身に入ってくる感覚がします」

彼の作品には、ジミ・ヘンドリックスやスプリームスなど多数のミュージシャンが描かれている。この絵も誰か特定のミュージシャンなのかと思っていたら、意外にもこのバンドは誰でもないそう。理由と特にこだわったポイントを聞いてみた。

「Field of Heavenってジャズ、スカ、レゲエ、フォーク、ワールドミュージックなどバラエティーに富んでいるステージなので、この絵もあえて特定の誰かは決めずに、ジャズ・スカバンドに多い楽器編成にして、紅一点を入れて描きました。いつも配色と全体のバランスには気をつけています。今まではミュージシャン自身を描くことが多かったのですが、今回はステージ、アーティスト、観客をバランス良く配置して、臨場感が伝わるようにこだわりました」

「音や声が力強くなって、ボルテージもさらに上がっていって、観客もそれに応えて盛り上がっている瞬間がたまらなくパワーを貰いますね。上がっていく曲のテンションと自分が一体化して一緒に高揚するような感じです。心拍数が上がりますね。その時の雰囲気、その時自分が感じたパワーを思い出しながら、ミュージシャン、観客、そしてフジロックならではの自然のパワーも絵に込めました」

ずっと水のなかにいた

音楽好きの彼が同じくらい大事にしているのが、26年間続けているサーフィンだ。彼の作品には海、サーファー、スケーターなど国内やアメリカなどの旅先で出会った、サーフィンに関する人や風景が多く表現されている。

「こんなに長く続いていることはサーフィンだけです。サーフィンをやる前は水泳をやっていたので、元々水の中にいましたね(笑)」

「カリフォルニアには5回位行っていて、そこで出会った風景も多く描いています。カリフォルニアって崖が多くて高いところから海を見下ろせるんですよね。崖を降りていくとこんな階段が海に繋がっています。Cristianitos RDという道を入って30分位歩いて行くと、Lowersっていうサーフブレイクがあるんです」


「TO THE BEACH」

「CRISTIANITOS RD」

「LOWERS」
「サーフィンもライブと同じくらいパワーを貰いますね。サーフィンは海と景色、波や風など自然がつくり出すパワーを全身で受け取って、脳の中でアドレナリンが出る感覚がします。サーフィンをしたあとは、頭がクリアになって気持ちもさっぱりとします。音楽は人がつくり出すパワーでそれぞれ違うけど、どっちも自分にとって欠かせないものです」

仕事にしてもいいよね

税理士事務所で働きながらイラストを描き、週末は海でサーフィンとアクティブな生活を送っている彼がイラストを学び始めたのは、まだ3年前のことだ。

「10代の頃は漫画家になりたかったのですが、当時家庭で『将来どうするんだ?』という話になって、その後自然と絵を描かなくなってしまいましたが、数年前に絵を描くことが好きだったことを改めて思い出しました」

「何年か前、友達のバースデーカードに落書き程度に描いたものがすごく褒められたことをきっかけに、たまに友達に絵をプレゼントしたりしながら2〜3年が経ちました。今の税理士事務所の仕事も落ち着いて、『学生やりたいなぁ』とふと思って。学校に行って何かを学びたいと考え始めて、『今ならイラストを勉強できるチャンスかな』と思い新しい挑戦をしました」

「そこから仕事をしながら、夜間のイラストレーション学科のある美術学校に1年間通い、それだけではやり足らずに今は青山塾で学んでいます。夜間学校は週4だったので結構ハードでした。課題が出た時は徹夜したりして、それはそれは疲れましたね(笑)」

「子供の頃に『好きなことを仕事にしない方がいいよ』って、大人に言われませんでしたか?『趣味だけにしておいた方がいいよ』って。でも苦しくても、辛くても出来ちゃいますよね。そう思うと、意外と好きなことをやった方がいいんじゃないかなって思います。それにようやく気付けたのも、最近なんですけど(笑)でもそう思えるのも、今まで経験を積み重ねてきたからこそだと思います。最初から絵を仕事にしていたら、もしかしたら上手くいかなかったかも知れないし。全てタイミングですよね」

巡り巡って

彼が発する言葉は全て前向きで明るく、決して過去を振り返って後悔はしていない様子が伝わってきて、思わずこちらもポジティブな気持ちにさせてくれる。税理士としての道のりやサーフィンとの長い付き合いを経て、今の自分に至るポイントは何だったのか聞いてみた。

「今思うと10代の頃に読んだ雑誌の『ポパイ』や『ホットドッグプレス』で紹介されていたアメリカの文化や、イラストレーターの鈴木英人さんが描くイラストに影響されていたんだと思います。彼が描くアメリカのウェストコーストっぽい雰囲気の、海とアメ車とヤシの木があるような絵が好きでした。サーフィンを始めたのも、カリフォルニアなどの旅先で出会った景色をイラストにしているのも、全て自然な流れだったと思います」

「何回目かの一人旅で、カリフォルニアにある古いシアターに行ったことがあって。たまたま海でチラシをもらって行ってみたら、地元のサーファーが集まってきてサーフムービーが上映された時のことも描いています」

「カリフォルニアには波がない時間に、サーフボードのデザインやスケートボード、音楽、アートなどを楽しむ文化が根付いていて、日本やハワイとは少し違う独特なサーフ文化があります。色々な要素が混ざり合うことがアメリカのカルチャーの土壌になって、かっこいいものが出来上がっていると思います。今回描いた「Field of Heaven」にも通じますが、バラエティーに富んでいて自由なものが好きですね。それと同じで何かに一辺倒になるよりは、自分の中にいくつか柱を持つのが自然なことなんだと思います」

「La Paloma Theatre」

その時の波に乗ればいい

税理士との両立で忙しいはずなのに全く辛そうな雰囲気も感じられず、海と音楽に癒され、昔好きだったことを今思い切りやれている生活。おまけにドッシリと構えてのんびりとしたオーラ。ふと聞いてみたいと思った。「もしかしてストレスフリーですか?」

「バレちゃいましたね(笑)完全にストレスフリーです。昔会社勤めしていた時は、たくさんの決められたものに囲まれていた気がしますけど、今はそれがなくなりました。今ようやく好きなように色んなことが出来ています」

「頭の中に理想は持っていますが、なかなかその通りにはいかないですよね。色々経験もしてきて、昔に比べて先々に対する考え方がだんだんと曖昧になっている気がします。今居る場所から流れていく方向へ、抗わずに自然と流れて行ったら、意外と良いところに辿り着けると思うんですよね。後々にきっとそれが転機になると思います。今後のビジョンもぼんやりとだけで、あまり深くは考えていません。タイミングはその都度来ますよね」

波乗りするように流れに身を任せて、ストレスゼロの生活を送れている彼がタイミングを掴む力があるのは、海の中で常に集中して波を見つめているからなのかもしれない。おっとりしているけど、’’やる時はやる’’。そんな優しいけど力強い彼の意志の強さを感じることが出来るストーリーだ。

バランスよく、自分らしく、進んでいく

先々のことは深く考えたり、決めたりはしていないけれど「ただ仕事と絵とサーフィンをバランスよくやっていきたい」と語る。今も器用に仕事と好きなことを続けるキーは何なのだろうか?

「サーフィンは始めてから20年くらいずっと自分の中心にあったのですが、今は少し肩の力が抜けて、他のものとのバランスをとってくれています。なんか関節というか・・・軟骨みたいな感じですね(笑)骨と骨を繋げて、軟骨がすり減ると痛くて歩けないし、しっかりしていればどんどん歩けるし」

「海は頭を使うというよりも感覚的なものなので、頭をクリアにした分、自分の好きな音楽や映画から取り入れたものをまた頭に入れて、それを絵で出していくようなサイクルです。絵ばっかりにならずにちゃんと海も行って、ライブも見に行って、バランスがとれると精神的に気持ちがいいです」

今までの歩みを一頻り話してもらったところで、最後の質問。「自分にとって絵とは?」

「絵は食欲とか睡眠みたいに、自分にとっては自然と湧き出る欲と同じです。『描きたい』という気持ちは、食欲とかと比べるとそこまで生活に必要ではない欲ですが、自分の中で高く常に一定にあるものですね」

「学校に行き始めた頃は、『描きたい!』って気持ちがすごく強かったけど、それは一時的なもので、今はがむしゃらにというよりは、頭を落ち着けて描けています。あれもこれも描きたいと思って試しているうちに、段々と描けるものと描けないものが分かってきて、自分の絵はこれだと言えるようになりました」

「その中でもやっぱり海外の風景が好きなので描き続けたいですね。今まで色んな所を旅してきたので、昔の記憶を頼りにその時見た風景とかミュージシャンなど、描きたいものはまだまだたくさんあります」

「’’好きな音楽や風景から感じたものを描いている’’というプロフィールは一番最初から掲げてきています。そのベースは崩さずに、僕の絵を見てくれた人が海にいるような、穏やかでほっとする気持ちになってくれるような絵を描いていきたいと思います」

海と音楽を愛し、自分の感性を素直に表現した絵と同じように、彼自身も穏やかな雰囲気を纏っている。それは彼が自然の中に溶け込む術を持ち、焦らずにゆったりとした気持ちで毎日に向き合っているから。この先も彼の世界観に魅了される人は増え続けるだろう。今後の活躍に目が離せない。


Information

2020年3月14日〜16日
イラストレーション青山塾修了展
@青山ブックセンター本店ギャラリースペース
http://www.aoyamabc.jp/store/honten/

Isao Aoyama
Official Website:https://www.aoyamaisao.com/
Instagram:https://www.instagram.com/aoyama_is/

2019年4月 my book my design vol.10 フリュウ・ギャラリー(Flew Gallery)
2019年5月 水辺の風景 gallery Dazzle

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