Vol.167

MONO

22 SEP 2020

洋書のある生活。まだ見ぬ世界の扉を開く3つの方法

洋書を前にしたとき、「語学力に自信がない」「読むのが面倒」など、手に取らない理由は成り立ちやすい。しかし、洋書がもつユニークな多様性に気づかないまま過ごしているなら、残念なことだ。洋書は実にさまざまな可能性を秘めている。ここでは洋書の魅力を知るための方法として、「使う」「眺める」「読む」という3つの楽しみ方を提案しよう。語学の勉強の話ではないので、ご安心を。洋書の深い森へと足を踏み入れる、そんなちょっとした冒険の方法についてのお話だ。

まずは冒険の始まりについて

洋書をめぐる冒険にも多少のリスクはある。入手しても、本棚でほこりをかぶっていくだけの場合もあるからだ。最初は読むつもりだったのに、日本語のようには頭に入らず、ただ眠気を誘う物体となる。本棚に戻し、そのうち存在さえ忘れてしまう。

洋書にありがちな悲しいリスク。私にも経験がある。

洋書を本棚に眠らせておくだけではもったいない
昔の話になるが、私が学生だった頃。アメリカに住んでいながら、勉強以外で洋書を読む習慣がなかった。そのうち卒論に取り組まざるをえない時期になり、アメリカの大学の図書館で、日本では入手困難な本を見つけた。勉強熱心な学生だったわけではないが、膨大な蔵書の狭間で、ひとり静かに感動。

おそらくあの瞬間、私の洋書の深い森への冒険は始まった。ぜひあなたにも新しい扉が開く感覚を味わってほしいと思う。まずは洋書を「使う」「眺める」「読む」というシンプルな方法で、日常に取り入れるところから。

では前置きはこのくらいにして、さっそく本題に入ろう。

洋書を「使う」。新しい空間を創る

最初に、洋書を「使う」方法を挙げてみたい。洋書をインテリアとして取り入れるのだ。

実際、洋書を室内装飾として利用する人は多い。装丁が気に入った洋書を部屋に置く。手軽な方法ながら、部屋の空気が変わるのを感じられるはずだ。

和書を見慣れた私たちにとって、洋書には異質な存在感を覚える。日本人と欧米人では色彩感覚や色に対してのイメージに違いがあるし、洋書のサイズはバラエティー豊かで、大きさからして個性を主張している。

外観で洋書を選ぶのも方法
加えて、日本語しか使わない生活なら、ローマ字は文字として理解するというより、デザインとして視覚に訴えかける力のほうが大きい。

日本人にとって洋書は、総じてひとつのデザインされたオブジェに見える。

この洋書というオブジェを日常で「使う」方法としては、たとえば、リビングテーブルのコーナーに大判の洋書を置くなどがある。洋書で思わず視線が引きつけられるような場所をつくるのだ。

洋書を部屋の中で自由に使ってみよう
部屋が整理されていれば、洋書に視線が集まり、フォーカルポイントとして機能する。物や色があふれた部屋は、視点が定まらず落ち着かないが、見るべきものが明確だと心地いい。

洋書には、見慣れた自室を違う風景にする力がある。洋書によって新しく創りだされた空間を、ぜひ楽しんでみてほしい。

洋書を「眺める」。未知の景色の中で遊ぶ

洋書には「眺める」おもしろさもある。洋書において眺める楽しさを味わえるのは、なんといっても写真集。

もちろん日本にも数多くの写真集はあるが、洋書の写真集はとにかく多岐のジャンルにわたっている。きっと興味を引かれる分野の写真集があるはずだ。

特別なひとり時間を過ごすときのために、1冊用意してはいかがだろうか。

興味のある分野の写真集なら、繰り返し眺めても飽きない
世界にはいろいろなマニアがいるので、彼らによって深掘りされた写真集は本当におもしろい。

眺めているうちに、行動まで促してくれるのが、洋書のレシピ本だ。なにぶん異国の料理のため、作り方を画像で説明してくれるレシピ本を選ぶのがポイントである。

どこにも出かける予定がない休日、洋書のレシピ本を開いてみる
海外の家庭料理なら、その家庭がある地で生まれた洋書のレシピを見ながら作るほうが、断然その地の味になる。洋書がもつ本場の空気感が、重要なスパイスとして加わるからだ。

洋書は眺めるだけで、自室にいながら異国の地に飛べる。洋書の魅力のひとつだ。

洋書を「読む」。そこでしか得られない感動に出会う

当たり前だけれど、洋書には「読む」という楽しみ方もある。語学力に自信がなくても、本を読むことが好きな人なら、ぜひ試してほしい。

語学力というのは、慣れである。慣れればフィーリングでなんとかなるものだ。最初は難しすぎない洋書を、何度か読み返してみるのがおすすめ。

もし海外作家の翻訳本に心を動かされたなら、やはり原作は読んでみたい。ストーリーはすでに頭に入っているので読みやすいし、原作を読むことで、必ず新しい発見があるはずだ。

自分が楽しいと思える洋書を読もう
日本語と他言語の間には、それぞれに置き換えにくい言葉がある。そのため、翻訳だと、どうしても余計なニュアンスが足されてしまうのが難点。

原作と翻訳本を読み比べると、言語間のニュアンスの違いを知ることができる。川の下流の水より、源流のほうがピュアなことに似ていて、原作には翻訳本にない新鮮な驚きがあるのだ。

この言語の違いを知るプロセスが、なぞ解きのようで、なかなかおもしろい。

原作で作者のより深い意図を感じ取れる
あるいは、日本の有名作家なら、海外で特別に編纂された短編のアンソロジーなどもあり、興味深い。海外の編集者によって、日本のとても美しい部分が抽出され、その作家の魅力を再認識させられることもある。

洋書を読むことを恐れるなかれ。そこでしか出会えない世界が、きっと広がる。

洋書をめぐる冒険について

日本語で出版された書物は、その言語を理解する人のためだけにつくられている。たとえそれが洋書を翻訳した本であっても、日本の読者向けに選りすぐられたものだ。

もちろん和書には和書の素晴らしさがある。その一方で、世界には未知の本があふれているのも事実。洋書は閉ざされた世界から抜け出すための、ひとつのチケットなのだ。

1冊の洋書が世界を広げてくれることも
しかもアメリカのAmazonで本のカテゴリーをのぞいてみるとわかるが、「マニア」という点においては驚くべきものがある。「世界にはいろいろなマニアがいる」ということについては先に触れたとおりだが、さまざまな洋書に触れることで、世界のマニアの多様性と奥深さを発見することになる。

ひとつのことに熱狂的に専念している人たちの、なんと多いことか。

世界はさまざまなマニアであふれている
もし1冊の気になる洋書を見つけたら、同じカテゴリーの関連する本もぜひチェックしてみてほしい。次々と見ていくと、どんどん興味深い本が現れるはずだ。深みにはまりそうな予感がしてきたなら、それがまさに冒頭でお話しした洋書の深い森への入り口。

その扉を開けて、奥に進むかどうかは、あなた次第だ。