Vol.70

04 OCT 2019

<SERIES> アーティストFILE vol.3 些細な日常を愛する、牛久保雅美

桑沢デザイン研究所卒業。アンニュイな雰囲気の女性を描くイラストレーター。 角田光代著「わたしの容れもの」や人気美容ライター・長田杏奈著「美容は自尊心の筋トレ」などの装画を担当。雑誌「OZmagazine」「anan」や「Ginza」のウェブ連載の挿絵など、数々の媒体で幅広く活動。どこかで彼女のイラストを一度は見たことがある人も多いはず。人気イラストレーターは「何でもできる、自分だけの日曜」をどのように描くのか、イラストに対する考え方や、その作風はどのようにして生まれたのか秘密を探るべく取材させてもらった。

「何でもできる、自分だけの日曜」

シンプルにやりたいことを

「本当は部屋の中でハンモックで寝てる絵にしようと思ったのですが、描いてみるとまとまらなくて悩みました。何でもできるというテーマをもう一度考えた時に、ハンモックじゃなくてラグの上で、犬と猫とゴロゴロしてる絵にしようと思いつきました。ずっと飼いたいと思っていますけど、今の家が大きな道路に面していて危ないというのと、家族があまり好きじゃないという理由でまだ叶えられていないので、自分の願望を描きました」

今までの作品を見てみると、色付けが一色のみだったり今回のように柔らかい色使いで配色がされていたりと、白い背景に淡い色が映える作品が多い。配色について意識していることを聞いた。

「実は配色が少し苦手なんです。ただ、色の明度をコントロールすることはいつも気をつけていて、絵をモノクロに置き換えてみた時に、白・グレー・黒の差が出るように色を付けています。それを意識するだけで全体にまとまりが出るので、得意じゃないですけど何とか出来ているかなと思っています。でも基本的に何でもシンプルが好きなので、配色も自然とシンプルになりますね」

譲れないのは気持ちの良い線

雑誌に小説に、本屋に行けば彼女の作品を目にする。引っ張りだこで多忙を極める中描き下ろしてもらった今回の作品。いつも悩みながら楽しく描いていると話す彼女に、どんなに忙しくても絵を描く時に大事にしていることを教えてもらった。

「自分が思う良い線を描くことです。具体的には、体を図形として見た時の気持ちの良いバランス、線の抜け感、実際に触った時の感触(女性のサラサラの髪の毛や柔らかそうな肌など)が伝わるように意識しながら描いています。一番最初に顔に目がいくと思うので、特に顔と輪郭のバランスは一番気をつけているポイントですね。何か違うなと少しでも思ったら、一からやり直して納得するまで描きます」

「上手く言葉に出来ないのですが、自分が良いと思う要素が全部整った時に生まれる、ピンと糸が張ったような緊張感で、でも張り詰め過ぎない心地良い空気感を纏った絵を目指しています」

彼女が描く数え切れないほどの女の子は、それぞれかすかに感じる表情の違いを持っているが一貫としてアンニュイな雰囲気を纏っている。その一貫性が保たれるのは、悩みながらこだわり抜いた線で大事に描かれているからだった。

考えながら描く、考えない女の子たち

「この女の子は何も考えていないです」

床に寝転び足を組みながら、何か物思いにふけっている印象を受ける女の子は実は何も考えていないそうだ。

「私の絵のテーマは常に’’日常’’です。本当に些細な動作を写真を撮るように切り取って、その前後のストーリーを見た人に感じてもらいたいです。顔が基本的に無表情なのも同じで、描いている私がこんな気持ちだよって込めるよりは、見る人に考えてもらって絵のストーリーに奥行きが出たらいいなと思っています」

「ピアス」

「月光」

’’日常’’をテーマに、どのようなステップを踏んで作品が仕上がるのかを聞いてみると、
「実は特定のプロセスはないです。例えば去年の展示で発表した「ピアス」だと、冬の展示だったので冬っぽい、寒いイメージで描こうと思いました。そこから『日常的な動作は何だろう?』『こんなのはどうかな?』とか思いついたものをメモしながら、考えながら描いています」

「月光」も同じ展示の作品ではあるが、「ピアス」とは違うやり方で制作が始まったそう。

「この作品はある歌手の「月光」という歌からヒントをもらいました。日常的な動作を先に考えて描くこともあれば、描いているときに『この絵はあの歌に合いそうだな』ってイメージが湧くときもあって、歌から日常的なシーンのインスピレーションを得ることもあります」

ちなみに、どの曲かは秘密だそう。誰の歌なのか、どんな歌なのか、この女の子は何を考えているのだろうと想像しながら見てみると、彼女の言う前後のストーリーを自分なりに感じることが出来る。

習い事から本格的に絵の勉強へ

絵に興味を持ち始めたのは、小学1年生の頃に母親に近所の工作・お絵かき教室に連れられて通い始めたのがきっかけだそうで、その後6年間その教室に通う。高校卒業後、桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科に入学し、グラフィックやポスターのデザインなどを学ぶが、「あんまり面白いと思えず、ついていけませんでした」と話す。

女の子を描き始めたのは在学中とのこと。
「宇野亜喜良さん(挿絵画家・舞台芸術監督)の絵が好きな友達がいて、その子の影響で女の子の絵を描き始めました。けど当時は、そんなにハマりはしなかったです」

「桑沢デザイン研究所を卒業してバイトしながらも描いていましたが、どうやって描いたらいいか分からなくなってしまって、もう一度絵を勉強し直そうと青山塾(イラストレーション専門の塾)に行き始めました」

ひょんなことから作風がキマる

青山塾に通い始める前からも線画で絵を描いてはいたが、顔のない人の絵など色々なものを描いていたそう。

「しばらく何を描けばいいか分からない時期が続いて、いつもしっくりこなかったです。コンペに出してもいい結果が得られませんでした。当時は認められることで自分の絵が確立されるというイメージを持っていて、悩みながら色んなものを描いていました」

線の書き方などの基礎から学び直した彼女が、やっと「これだ」と思うものを掴めたのは塾に通い始めて3年目の終わりだった。

「落書きノートに、家でさらさらっと好きなように描いてきたものを見せる時間が授業の合間にありました。人によっては描かない人もいるし、がっつりと作品を描いてくる人もいます。そこで女の子を描いたものを見せたら先生が『これ、いいね』と言ってくれました」

「個人的には『これでいいんだ??』『これがいいんだ??』って驚いた気持ちが大きかったです。そこからアンニュイな雰囲気で描き始めたので、なぜこの雰囲気なのか理由は特にないです」と控えめに笑いながら話す。

クールな作品への気持ち

以前は古本屋でアルバイトをしていたという彼女。去年個展の準備に集中するのをきっかけに退職し、今はイラスト一本で生活している。雑誌「FRaU」の特集の挿絵を手掛けてから仕事が増え始め、それから多くの装画も手がけている。

2020年には装画を担当した、足立紳著「乳房に蚊」がタイトルを変えて「喜劇 愛妻物語」で映画化もされる。自分が描いた表紙の本が映画化される気分を聞いてみた。

「『あ、出るんだ。そうなんだ』って感じです。全然実感が湧かないんですよね。本屋に平積みにされているところも探さないし、自分で見ないからだと思うんですけど」

「終わった仕事に対しては他人事みたいに感じちゃうんです。誰かのSNSとかで自分の作品を見たりして、もちろん嬉しいんですけど、自分から離れてしまうとなぜかこんな風に思ってしまいます。何でですかね・・・?何でこんなにクールなのか、自分でも分からないです(笑)」

本当に分からなそうに、首を傾げながら少し考え込む。引く手数多の彼女に「’売れっ子」と言う言葉で話を切り出してみると、ここもまた「全然実感ないですね」と答える。

口数も少なめで、自分は口下手だと少し遠慮気味に話すが、「口で語るより、絵で語る」という意思のようなものが伝わってくる。その寡黙さが「売れっ子」という言葉に惑わされずに、仕事に対して冷静で、ブレない核の強さを生み出しているのかもしれない。

流れても流されない

「最近、アニメーションに興味はありますけど、やるかどうかは分からないです。描いてみたい絵も、うん・・・今はまだ考えてる段階です」と今後やってみたいことを聞いてみると、少し沈黙も交えながら教えてくれた。

「基本的にあまり物事を深く考えないようにして、全て流れに身を任せています。でも女の子を描き続けることは確かです」

作品の女の子のように肌が白く透明感があり、小柄な彼女。実際に周りからも作品の女の子に似てるとよく言われるそうだ。たとえ流れに身を任せていても、彼女なら地に足がしっかりと着いているはず。忙しい’’日常’’から時間を止めて切り取ってくれる、彼女が描く’’日常’’に今後も目が離せない。

Information

HAPPY CAT CLUB -ネコの幸せを願うニンゲンたちの会-
2019/11/2〜4 @中目黒gem

話題のイラストレーターによる猫の作品の展示販売、保護猫の譲渡会
売上の一部が保護猫団体に寄付されます

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