Vol.213

02 MAR 2021

<SERIES>アーティストFILE vol.19 絵の余地を楽しんで。大津萌乃

茨城県生まれ。多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業。デザイン事務所勤務を経て独立。細い線で描かれる特徴的な服とオリエンタルな雰囲気の作風で人気を集めている。主な仕事に『家族、捨ててもいいですか?一緒に生きていく人は自分で決める』(小林エリコ著/大和書房)装画、『装苑』(2021年3月号/文化出版局)挿絵、『ゲッターズ飯田の五星三心占い2021』(朝日新聞出版)本体表紙・挿絵・一部装飾デザイン担当などがある。テーマ「パワー」で描き下ろしてもらった作品を基に話を聞いた。

太くても細くても同じパワー

普段から細い線で、細かいディテールがある絵を描いている彼女にとっては、今回のテーマはかなり抽象的で、なかなか描きたいと思う具体的なものが浮かばなかったそう。どうしようかと考えて出た答えが、自分が好きな「線」でパワーを表現することだった。

「太い線と細い線で『線の強弱』をテーマにして、シンプルに”絵”のパワーを表現してみようと思いました。今まで描いたことがないテーマだったので、せっかくなら自分の中で新しい雰囲気の作品にしてみました」

線の強弱をより際立たせる黒とグレーの大人しい色使い、なびいている服のラインを抽象的に捉えたグラフィカルな構成。どちらも彼女にとっては新しい技法だ。そして、テーマとなっている線には新しい画材を使ったそう。

「こんなに太い線を描くことがなかったので、カリグラフィー用のつけペンを使ってみました。一番太い線は平たいペン先、中位の太さは丸いペン先です。いつも使っているGペンで、肌や髪の毛の細い線の繊細さも保ちつつ、太い線で区切ることによって画面にダイナミックさを出しています」

緊張感のある細い線と大きな動きのある太い線が、お互いを引き立て合っているおかげで、細い線が持つ力強さも同じように感じることができる。人一倍強いこだわりを持って線を描いている彼女だが、時たまにそれが行き過ぎたこだわりのように感じることもあるのだとか。そんな時は描くだけでなく、絵を見ることでも感じるパワーで気持ちを立て直しているそう。

「凄く線が好きで、自分もこだわっている所ですけど、そもそもテーマや構図が良くなかったら、良い線を引けても良い絵にはならないし、色が良くなかったら結局台無しになってしまうんですよね。絵は線だけじゃないので、良い線を描くこと以前に『良い絵が描けたらいいじゃん』って思い直してリセットしています」

「決まった表現に固定せず、色んな表現をしてみたい」と話す通りに、新しい表現に挑戦した今回の作品。グラフィカルな太い線と、描き慣れた細い線が織りなす「線の強弱」は、彼女の線と絵に対してのパワーを迂回して表現されている。

こだわりは絵のスパイス

絵の基盤となる線に加えて、作品のどこかに必ず、自分は「ここが好き」や「ここが面白い」と思えるような、こだわりのポイントを持つことを大切にしているそう。そのこだわりを発見するきっかけにもなるのが、昔から好きだと言うファッションだ。

「変な作りの服が好きなんです。普通のシャツに見えても襟の形が変わっていて面白いなぁとか、ちょっとしたディテールを見るのが凄く好きで。私自身は洋服を沢山持っているようなタイプではなくて、良い服があったらたまに買って着るくらい。自分が着たいというよりは、見たり描いたりすることの方が好きです」

「変な服」を見た時と同じように「ここが面白い」から生まれた作品のひとつが、皿洗いをする女性の絵だ。

「たまたま家にあったゴム手袋をよく見てみたら、でこぼこした薔薇とか細かいレースの模様が裾についていて、『こんなファンシーなゴム手袋で皿洗いしてたんだ(笑)』って思って、そのギャップが面白かったんです。この絵でも、皿洗いにそぐわない格好にさせたくて、サボテンなどの細かい刺繍を頑張って描き込みました」
作品に描かれるこだわりは、ファッションに限ったことではない。例えば下の作品は、パイの生地感と照りを表現したくて描いたもの。ただ美味しいパイを描きたかったのではなく、絵の中で上手く見せたかったことが意図なのだとか。
「ゴム手袋の模様とかパイの照りとか、自分が絵に対して、何かしらこだわった部分をちゃんと持って描いていると自分も楽しいですし、面白くて良い絵になると思います。私にとってこだわりは、絵を仕上げるモチベーションにもなるし、作品に“締まり”とか“強さ”みたいなものを与えてくれる存在でもあります」

ゴム手袋の華美な装飾のギャップに、単純に美味しそうなパイを描かない発想や目の付け所に感じるのは強いユニークさ。その“強さ”に引かれて、見る人も同じように、彼女の「ここが好き」「ここが面白い」に自然と惹かれるのだと思う。

何か引っ掛かる美しさ

チャイナ服のような民族衣装や一重の小さな瞳、おうとつのない顔が作品全体をオリエンタルな雰囲気にしている。ただ、その一言だけで表現するには物足りなさを感じるし、だからと言って、それを補うぴったりな言葉もすぐには浮かばない。何故だか分からないけれど、見ているとなにか不思議さが残る彼女の作品。それは気のせいではなく、意図的に描かれているものだった。

「見た人に何か“引っ掛かり”のある絵が描きたいので、綺麗なだけの絵にはならないように、『これってどういうことだろう?』って考えられる余地を絵の中に残すようにしているんです。なので、一応の設定は自分の中にありますが、本当は解説しないで自由に楽しんで欲しいなっていう、描き手としての私の個人的な思いがあります」

余地を残すためにしていることは、絵の人物がどんな感情を抱いているのか想像を膨らませられるように、表情豊かな顔を描かないこと。そして、言葉で想像を縛ることのないように作品にタイトルをつけないことだそう。

下の作品は、個展「気泡」(2020年/ギャラリールモンド)で展示されたもの。「気泡」というテーマに対する考えだけを頭に入れたら、彼女の言う通りに、ここでは個々の解説はなしで、その“引っ掛かり”をそれぞれ自由に体感して楽しんでみて欲しい。

「気泡って、硝子の中にある時は綺麗でキラキラしたものに見えますけど、スマホの画面に保護フィルムを貼る時に入り込むと、凄くイラっとするものでもありますよね。綺麗だけど、そういう存在でもあるのかな、と。自分の絵の中では、どっちの気泡も大事にしたいなと思ったんです」
トンボが服を引っ張っていたり、何とも言えない表情で野菜を持っていたりと、一見しただけではよく分からない「?」なシチュエーション。古風な髪型や顔立ちなのに洋服は現代的だったり、ポップさと怪しさが同時に存在していたりする二面性。その「?」や二面性が、余地となり、まさしく“引っ掛かり”になっている。それは気泡のように掴みどころがないものだけれど、見る人の心に確実に残る、彼女の作品の不思議な美しさなのだと思う。

描きたいものを描きたい時に

初めはデザインの仕事の傍で描いていたイラスト。事務所を退職し、集中して時間をかけて描くようになると、その楽しさを改めて実感したそうだ。当時は自分が本格的にイラストで仕事をするなんて思ってもみなかったそうだが、イラストレーターとして活動し始めて三年ほど経った今、これからの制作について聞いた。

「装画やファッションに関わる仕事など、まだまだやりたい事はたくさんありますね。でも、絵のテーマに関しては、この先描いていきたい具体的なものは正直ないんです。その時に自分が良いと思ったものを描ければ、それで良いと私は思っているので、行き当たりばったりみたいなところはありますが、その時々に見て頂いて、楽しんで貰えたら嬉しいです」

「線」「こだわり」「引っ掛かり」のキーワードから紐解いてみて分かったのは、彼女の絵は見る人に対して“目”だけではなく、“感性”を開かせるようなパワーを持っているということ。これはどんな絵だろう?と自分でテーマを解釈してみたり、不思議な余韻に浸らせてくれたり、色々な角度から絵の中の余地を楽しませてくれる。その時々に彼女が見つける「ここが好き」や「ここが面白い」を見逃さないように、今後も制作活動に注目だ。

Information

個展開催予定
2021年3月12日(金)― 3月22日(月)
場所:ondo STAY&EXHIBITION(東京)
https://ondo-info.net/

大津萌乃
Official Website: https://ootsumoeno.tumblr.com/
Instagram: https://www.instagram.com/ootsumoeno/