Vol.156

14 AUG 2020

<SERIES>アーティストFILE vol.13 小さなものが大きく成る。丹野杏香

東京都在住イラストレーター。白黒で切り絵のような絵が印象的なイラストを描いている。主な仕事に、誠文堂新光社『日本のZ I N Eについて知っていることすべて』の装画、N H K出版『Enjoy Simple English』、山と渓谷社『山と渓谷』、平凡社『別冊太陽』などの挿絵がある。「パワー」をテーマに依頼した描き下ろし作品を元に話を聞いた。

積み重なるきもち

「つもる」

「パワー」という語感から強くて派手なイメージをもったが、それをそのまま描くのではなく、その言葉を咀嚼して、分解して描き始めたそう。その結果、彼女がパワーを貰うものは『山や川、花のように小さいものの積み重ねが行き着いた先』だったと言う。

「綺麗な花は毎日世話をしないと咲かないし、川とか海は、砂粒などが堆積したものと水の集合体ですよね。それを人で考えるなら、小さな希望、祈り、夢、絶望や悲しみとか毎日の小さなことを積み重ねていくことで、大きなパワーになっていくんじゃないかなと思いました」

彼らが大事そうに抱え、眺めているものは石。大きな地層や岩は小さな石から出来ることと、河原で石を積み上げる行為が祈りの形とされていたことから石を描いたそうだ。そしてこの石は「自分が抱えている小さな気持ち」を表している。

「例えば『小さな希望を抱いて前向きな自分』もいれば、一番下の人みたいに『自分に何もないと思って絶望する自分』もいる。毎日小さな何かを抱えていて、それは確かに少しずつ重なっていく。毎日違う自分を重ねて、積もることでパワーになる。四人全員で一人の人みたいなイメージです」

毎日ペンを握って、何かしらを描く時間が欲しいと話す彼女にとって、絵を描くことは自分を落ち着かせてくれる作業であり、パワーを貰えるものでもあるそう。

「不安な気持ちやモヤッとしたことがあった時、描く事がすごく捗るんです。歯磨きしながら考え事をしている時みたいな感じで、気持ちを整理するためのツールというか。歯磨きをしないと気持ち悪いように、絵を描かないと気持ち悪いんです。絵を描くことで自分のバランスを保っているようなところがあります」

「パワー」についての話を聞いていて思ったのは、彼女は「よく考える人」だということ。白と黒の絵からは想像出来なかったような明るくて人懐っこい笑顔でさらにこう続ける。

「私は感覚的に動く人間なので、物凄く考えて描いている部分もあれば、そうでもない部分もあって(笑)描きながら『あぁ、そういうことかも』って分かっていくような。私は石と思って描いたけど、石に見えなくてもいいし、色んな解釈をしてくれたらいいなと思います」

無彩色のアイデンティティ

「感覚的」という言葉は、彼女と制作の裏側を知るためのひとつのキーワードでもあり、「なぜ白黒で描くのか?」という質問の答えにも関係している。

「最初は、黒の細いペンで白黒の細密画を描いていましたが、線がどんどんシンプルになり、線の強弱で見せる線画っぽくなっていっていきました。今度はそれがベタになって、今の作風になっています。点が線になって、線が面になって、面が増えていくみたいな感じです。意識的に変えた訳ではなくて、感覚的にそうなっていきました」

「私自身、変化が苦手で頑固な人間なんだと思います。点が線になって、線が面になるというのも、線を描き続けた結果が面になっていくということですよね。同じことをずっと繰り返しやり続けて、少しずつ変わってはいるけど、白黒は変わっていない。それは私のアイデンティティでもあるのかなとは思っています」

「でも、色も得意にしていきたいと思っていますし、変化する時は一気に変えたりするので、もしかしたらいきなりビビッドでカラフルな絵になるかもしれません」と、いたずらに笑いながら付け加えた。

水のように流れて移り変わっていくよりも、地に張る木の根や、地層をなす堆積岩のように、同じ場所でじっと、少しずつ変化していく。点が線に、線が面になった感覚的な白と黒の世界をつくっているのは、ひとつのことを貫き続ける意志の強さを持った彼女の個性だった。

目の中の秘密

白と黒で老若男女問わず描かれている絵の人物の中に、浮世離れした佇まいの者が多く存在している。彼らが放つ妖しげな雰囲気には思わず目が引きつけられる。

改めて作品をよく観察してみると「目の描き方」が幾つかあることに気付く。感覚的に動くタイプだと自覚する彼女も、目の描き方だけはルールがあるそう。

「目の中に描き込んでいるのは数字なんです。神秘性を持たせたい対象には“1”、通常絵を描く時は“2”を描いています。以前は黒い点のような形の目を描いていましたが、もっと印象的な描き方はないかと模索し始めて、しっくりきたのが1と2でした」

「mandarin duck」

「きれいないしだね」


目の枠の中に“111”や“222”などの羅列を入れることによって、焦点が合わず不思議な感じが絵の中に生まれている。鋭さも感じるし、笑っているようにも、泣いているようにも見える顔は、見る角度や見る人の気持ちによって変わるように意識して描いているからだそう。

簡略化されて見づらくなることもある数字。しかし彼女は、それもまたよしとしていて、「言われないと分からないくらいが楽しい」と話す。作品「つもる」は、“1”なのだろうか?それとも“2”なのか。きっと彼女は「お好きなように見て下さい」と言うだろう。絵を見る面白さというのは自由に想像出来ること、そして正解がないことだから。

自分で見て自分で描く

彼女の切り絵風に描かれる作風や着物を着た人物の作品を見ていて感じたのは、どこか懐かしい「和」の雰囲気。絵のアイデアと何か関係しているのだろうか。

「古いものが好きで、昔の人の暮らしについての本や写真集などを見ていると『ロマンがあるなぁ』と思って描きたくなります。自分の今の暮らしから離れているものに憧れがあるのかもしれないですね。最先端の街や物よりも、田舎町や自然のある場所、昔から繰り返しやってきた行事やお祭りがすごく好きです」

「和」を感じる数ある作品の中に、「稲荷」が気になって深堀した絵がある。

「お稲荷さんと聞くと狐を連想すると思います。諸説はありますが、狐は米粒を食べに来る雀を追い払ってくれることから神様のお使いとして据えられたもので、稲荷の神様自体は、稲を背負う人の姿をしていると文献で読みました。そこから興味が湧き、稲を作るサイクルをテーマにしたシリーズを描きました」

「いのるみたいに」

「いなり」

変化が苦手なために、ずっと同じ場所に勤めたり住み続けたり、かなり腰が重い一面があるそう。しかし「描きたい」と思ったものに対してはフットワークが軽くなるようで、実際に田植えを見に、埼玉県・秩父市と群馬県の方へ足を運んだそうだ。

「それが何で生まれたのかとか、その背景に興味が湧きます。自分が興味を持ったものは、描く前に調べたいですし、実際に見に行って自分が感じた事も一緒に絵の中に入れられるようにしたいと思っています」

描いて、祈って、また描いて

探究心が強く、好きなものに対して物凄く強いパワーを持っていて、小さなことを続ける事ができる努力家な彼女。コツコツと描き溜めた作品の中でお気に入りを聞いてみると、とある「無題」の絵のストーリーを教えてくれた。

「専門学校卒業後にすぐフリーランスになって、漠然と不安でとにかく模索しながら描いていました。『仕事くるといいな』とか『ここからどうなるのかな』とか色んなことを考えながら、自分も祈るような気持ちで描いた絵です」

「無題」

「タイトルは気まぐれであったりなかったりするのですが、今回のパワーをテーマにした絵のように、分析をして自分の答えみたいなものが掴めると言葉にしやすいですけど、気持ちが一杯一杯で、その絵に名前がつけられなかった時は『無題』なのかなと。この絵を描いた時は迷っていたし悩んでいたから、何て付ければいいのか分らなかったのだと思います。でも、祈るような気持ちで描いたこの絵をきっかけに初めての仕事を頂けたので、そんなこともあるんだなぁと思いました」

今でも不安になる時があるそうだが、「描きたいならやるしかない」と絵に向き合う覚悟を自分に言い聞かせるように、力強く話してくれた彼女に今後の展望について聞いた。

「今は日本的なものを掘って描いていますが、だんだんと『無国籍』にしていきたいなと思います。考え方や宗教、暮らしの知恵みたいなものって、それぞれの風土によって出来上がってくるもので、もしかしたら日本にしかないと思っていたものが、他の国にも似たものがあるかもしれないですよね。日本っぽさは残しつつも薄めていって、他の国の匂いもするような、どこの国かよく分からない雰囲気を出していきたいです」

テーマについて重ねられた熟考と感覚的に描かれた部分が上手くバランスを保って、白と黒の表現を豊かにしている。その白と黒は、彼女が集めてきた小さな点が大きな面となって出来た彼女だけの世界。これからも日々の小さなことを積み重ねることで生まれる彼女の作品が楽しみだ。



Information

丹野杏香 個展「岸辺のこと」

会期:2020年9月19(土)〜10月20日(火)
※休廊日9月21日(月)、22日(火)
Open 月曜〜土曜11:00〜20:00 (日曜・最終日11:00〜16:00)

会場:634展示室(Roku San Yon Tenjishitsu)
〒185-0012東京都国分寺市本町2-4-10東京武蔵野美術学院B1F
https://634tenjishitsu.wixsite.com/artkokubunji


丹野杏香
Official Website: https://tanno-kyoka.tumblr.com/
Instagram: https://www.instagram.com/tanno_kyoka/?hl=ja